国連

バングラ出張報告のフルーツ、おいしそうですねcatfaceそういえば、私が留学していたデリーもこの時期は暑くて何もできないのですが、唯一の楽しみがマンゴーでした。朝も昼も晩もマンゴーとヨーグルトで食事を済ませていたような気がします。

大学で非常勤講師をするようになってから、この時期にインドに行けなくなって、おいしいマンゴーが食べられないのはちょっとさみしいですdespair

さて、国連会議報告の続きを。

2007年9月に「先住民族の権利に関する国連宣言」が国連総会で採択されました。先住民族の人たちにとっては非常に重要な土地権や資源権、自決権などが確立された重要な宣言なのですが、実際に国家や国民の人たちが理解し、実行しようと思わなければなかなか目に見える成果となって表れてきません。

アジアの多くの国では、宣言の影響が多少なりとも目に見えているのはネパールや日本など、ごくわずかです。みんな深刻な人権侵害や貧困など抱えていて、それをどうにかする手がかりを求めて国連にやってきます。そのため、宣言実施に関する話し合いは今回のフォーラムでも非常に重要なテーマとなっていました。

下の写真は、人権理事会に任命された先住民族の権利に関する特別報告者ジム・アナヤ氏とアジアの先住民族の会合の際のものです。法律の専門家とこうして会合を持って、アドバイスをもらうのも重要な活動の一つです。

 

2009_0522PFII20090062.JPG

CHTから来た人たちは、やはり和平協定の実施をどのように進めるかを国連宣言実施のプロセスと重ねて、模索しているようでした。下の写真は、CHTからの参加者お二人と、アジア・コーカス夕食会で撮ったものです。

2009_0522PFII20090051.JPG

左はゴータム・チャクマさん、真中は筆者、右がムリナル・カンティ・トリプラさん

一週間でしたが、いろんな事を学び、刺激を受け、そして勇気づけられました。国連に行っても劇的に状況が変化するわけではないのですが、それでも参加し続けたいと思うのは、やはり他の国でも困難に直面しつつ頑張っている人たちの存在に励まされ、学び、頑張ろうと思えるから。来年も参加できるといいな。

 

ちょっと間があいてしまいましたが、国連会議の報告をもう少し。

前回報告したように、会議中に自分たちの状況を報告したり、国家や国連に対して提言することも重要な活動ですが、なんといっても2000人以上が参加する大きな会議。みんな会議以外の場でも、自分たちの活動スペースを広げる工夫をします。

アジア先住民族がここ数年、開催しているのが夕食会。アジア各国から来ているいろんな先住民族グループの人が協力してお金を集め、第1週目の夜に常設フォーラムの委員や各国政府代表を招待して夕食会を開催します。中華料理を近くのお店からケータリングして、飲み物も出して、毎年60-80人以上参加する賑やかな食事会となります。

実は国連の会議では、お食事を一緒にしながらいろんな話をしたり、自分たちの持つイシューを話して印象付けるのは非常に重要な活動の一つなのです。常設フォーラムの委員を招いて、一緒にお食事しながら歌やダンスを披露したりするのも、大事なロビー活動の一つ。

下の写真は、夕食会で撮ったものです。アジア先住民族のネットワーク団体であるAIPPの議長、事務局長、そしてUNDP(国連開発計画)でアジア地域の先住民族プログラムを推進するチャンドラ・ロイさんです。チャンドラさんはチャクマの女性。アジア先住民族のリーダーは、女性で活発に活動している方が非常に多く、元気づけられます。

2009_0522PFII20090047.JPG

左から、AIPP議長のスイ・カーさん、UNDP先住民族地域プログラムのチャンドラ・ロイさん、AIPP事務局長のジョアン・カーリングさん。

5月18-22日の間、国連先住民族問題常設フォーラムの第8会期に参加してきました!

日本では豚インフルエンザで大騒ぎで、国連NY本部で感染者も出たということで、行くことに少しためらいもありましたが、行ってみるとNYではマスクの人を見ることもなく、みな平常通りでした。

国連にはいくつか先住民族に関する機関がありますが、今回参加した常設フォーラムは2002年に設置されました。毎年、テーマが設定されて、世界各地から来た先住民族の人たちがそれぞれの置かれた状況について報告し、国連のできること、してほしいことについて要請を出します。今年は先住民族の権利宣言の実施などがテーマでした。

ただ、毎年発言者が集中するのは「人権」の議題。世界から集まってくる先住民族の人たちは、それぞれ国内で深刻な人権問題を抱えています。フォーラムは加盟国政府に対して命令することはできず、勧告するのみなので、発言してもすぐに改善するとは限らないのですが、それでもみんな国内で解決できない問題を数多く報告します。

下の写真は、インド北東部マニプル州の先住民族の友達です。今年のはじめに大規模な軍事作戦が展開され、彼自身も身の安全が確かではない中、勇気を持って状況を報告していました。

2009_0522PFII20090015.JPG

 

2009/05/15 Fridayauthor: Makiko

先住民族運動との出会い

<タイトルが違いますが、5月7日の「ナガランドとの出会い」のつづきです。>

ナガランドの独立運動について論文を書くため、先住民族に関する文献を調べていて、日本では市民外交センターがアイヌ民族の国連参加を支援していることを知りました。そこで代表の上村英明さんに連絡を取り、市民外交センターの活動にも少しずつ参加するようになりました。当時、上村さんは琉球・沖縄民族の問題を先住民族の視点から考えることを試み始めており、同じ年代の沖縄出身の学生さんたちと一緒に沖縄の基地問題などを国際人権法の視点から考える勉強会に参加したりもしました。ナガランドだけでなく、世界に広がる先住民族運動というものを実感し始めました。

本当はこうしたNGO活動をずっと続けたかったのですが、一方で自分の研究者としての将来を考え、2001年にインドに留学することになりました。ナガランドの研究を続けたかったのはもちろんですが、現地に入れない地域を論文の対象として選ぶのは難しく、隣のアッサム州を選びました。その時はずいぶん残念に思いましたbearingが、他の北東部の地域のことを知るきっかけとなったので、今では回り道したことが結果的によかったなと思っています。

インドでの現地調査は2年間でひと段落したので、2003年からインドと日本を行き来し、また長年興味のあった国連先住民作業部会にも市民外交センターの一員として参加しました。スイスのジュネーブで毎年開催されていたこの会議は、毎年1000人以上の先住民族が世界各地から参加し、まさに先住民族にとっての外交の場といった感じでした。

また、2003年はジュマ・ネットがCHT・ナガ・サラワクから先住民族の方たちを招聘し、「大地と共鳴する人々」のシンポジウムを開催しました。ナガの人が来るというので、私も何回か会議に参加し、当日のお手伝いもしました。下澤さん、トムさん、みどりさんほか、ジュマ・ネットの人たちに出会ったのはこのころでした。今から思うと、あれこれ無茶な提案をしたりして困らせたと思うのですが、いろんな人たちと知り合いになれた貴重な機会でした。

今から振り返ってみると、2003年ははじめて国連に参加したり、ジュマ・ネットのシンポのお手伝いをしたりと、わたしの現在のNGO活動にとっては転換の年だったのだなと思います。それからもう6年も経ってしまいましたcoldsweats01

 

さて、明日から、国連NY本部で開催される「先住民族問題常設フォーラム」に参加してきます。CHTや、インド北東部ほか、いろんな国の先住民族が集まる国連会議です。また会議の様子もブログで報告する予定です:-)

 

最新記事
カテゴリ
アーカイブ
カウンターカウンター



Yahoo!ボットチェッカー
Googleボットチェッカー
MSNボットチェッカー