CHT状況

2014/08/09 Saturdayauthor: JummaNet サイト管理者

Life is still not ours

事務局の竹中です。
2012年にリリースされたチッタゴン丘陵問題のドキュメンタリー映画が、
全編Youtubeでご覧いただけるようになりました。


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タイトルは、"Life is still not ours -a story of Chittagong Hill Tracts"。
Lifeには、生命・人生という意味のほか、命のようにとても大切なもの、という意味もあります。
  先祖代々暮らしてきた大切なこの地は、まだ私たちの手に取り戻せていない。
  だから私たちも、本当の生を全うできていない・・・。
タイトルには、そんな思いが込められているように思います。

このタイトルはまた、
チッタゴン丘陵委員会の報告書にちなんでつけられています。
報告書は、チッタゴン丘陵で起きている人権侵害と土地問題について、4回にわたって出されています。
報告書が出たのは、1991年から2000年にかけて。
映画が出たのが、2012年。
報告書から10年以上が経っているのに、「まだ」チッタゴン丘陵はジュマの手に取り戻せていない、という意味も込められているのです。

映画監督は、Arnab Dewan氏。
若いチャクマ人の男性です。
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左がDewan氏、右はジュマ・ネット共同代表の下澤。2014年3月ダッカにて。

3月の出張の際、監督にお会いして色々とお話をうかがってきました。
チッタゴン丘陵のランガマティに生まれ、大人になってからは海外で教育を受け仕事をして、チッタゴン問題を国際的な視点から見てきました。

「チッタゴンで起こっていることを知ってもらうためには、映画が一番の方法だと思いました。私はこの問題について書かれた本をたくさん読みましたが、本を読んで理解するには時間がかかります。
チッタゴン丘陵問題は、過去に遡る根の深い問題です。
だから私は、この問題を若い人たちに知ってほしいのです。
ベンガル人とジュマとの対立、利害関係、偏見、そういうものに染まっていないがゆえに中立の、若い人たちに。」


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映像がとにかく美しい映画です。
様々な人たちのインタビューと、図やイメージを多用した歴史的経緯の解説とが、
経糸と横糸のようにストーリーを紡いでいきます。
随所に織り込まれる、緑深いチッタゴン丘陵の風景。
そしてジュマの人々のどこか憂いのある笑顔。
映像が美しければ美しいほど、胸を締め付けられるような思いがしました。
ぜひ一度ご覧ください。

Life is still not ours


事務局・竹中

2014/03/13 Thursdayauthor: 共同代表 下澤嶽

動くバングラデシュ政治


主要野党が不参加のまま選挙が今年の1月に実施され、アワミ連盟が圧勝した。
また、カグラチョリ県の国会議員にKujendra Lal Tripura氏、ランガマティ県の国会議員にPCJSSのUshatan Talukdar氏、バンダルバン県ではBir Bahadur UShoi Shing氏と、それぞれアワミ連盟のジュマ活動家が当選する結果となった。
異常な状態で進んだ選挙とは言え、ジュマの人々には、有利な結果となった。

BNPがこうした選挙を公正なものとして受け入れるはずがない。
必ず選挙のやり直しを掲げた政治運動を展開するにまちがいない。
必ず、政治的動乱が今年度以内にあると思う。

しかし、3県にジュマの議員が在任する期間だけでも、なんらかの効果的な取り組みができないものだろうか。
特に土地委員会の運営、県評議会の権限委譲など、少しでも展開を好転させるように3人の議員がチームワークで働くことをぜひ祈りたい。

近年のこの地域のジュマ活動家は、3つに分裂してしまっている。
今回の選挙では、ジュマの派閥の動きがどうだったのか、Ushatan Talukdar氏以外の国会議員ははたしてどのグループ寄りなのかは、もう少し様子を見る必要があるようだ。



選挙日に選挙は無効と主張するダッカの人々(The Economistより).jpg
選挙日に選挙は無効と主張するダッカの人々(The Economistより)


共同代表 下澤
2014/03/07 Fridayauthor: JummaNet サイト管理者

チャクマ族の王様たちと、山岳地帯をゆく 2/2

こんにちは!

現在、大学を休学しチッタゴン丘陵ランガマティにある寄宿舎学校Moanoghar(モノゴール)でボランティアをしている渡部です。

ジュマ・ネットの現地通信員として1年間、子どもたちの様子や現地の出来事をお伝えしています。 

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1月最後の週、4日間の、山岳地帯への旅に行ってきました。
天皇(陛下)の行幸?のようなものに同伴しました。
今回はその後編です。



いったいどうやってこんなにもたくさんのものが集まるのか!

というほど、マーケットはにぎわっていました。

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(チャクマ族は女が働きもの!)


野菜、果物、お米、日用品、洋服・・・

ここまで3日間、道中でわたしたちをぬかして行く、大きなかごをかついだ村人たちは、これらを運んでいたのです。

 

しかし、ここはやはり、「チッタゴン丘陵地帯」。

それを再認識したのは、おだやかなマーケットに、こうして軍隊がいることです。

ひとりではありません。

このマーケットだけでも、10人くらいが見回っていました。

道中、なんだか近代的できれいで大きな建物だね、と指さしたら、「あれはアーミーだから。」と言われたこともありました。

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(少数民族しかいない山奥にベンガル人の軍が銃を持って見回っているのは異様だった)



行く先々でのお出迎えの様子と、民族衣装、ダンスの様子を少し。

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(のもしゅかーる)


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(ある村では1000人ほどの村人が集合。)


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(この村のかわいい女の子たち。学校に一度も行ったことがないという女の子が多かった)


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(チャクマ民族の伝統的な踊りを披露してくれた女の子。)


ここからは、出会った子どもの写真シリーズを。

これは、お父さんのお手伝いをしているのか、大きなかごに入った野菜と油を運んできた少年たち。なにがおもしろいのか、げらげら笑っていました。


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水辺から遠いところに住んでいる家族は水汲みをしてきます。

女の子たちが、あぜ道を通って、遠くからこの釜に水を汲んで運んできます。


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汚くなるからやめなさい、ケガすると困るからやめなさい、迷惑をかけないようにしなさい、5時までに帰って来なさい・・・そんなことを言う大人はいませんから、子どもは本当に子どもらしく育つわけです。

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(この笑顔!こんな場所が、仲間が、時間が日常に存在する。)


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(ジュマの人たちの典型的な竹製の家。20年ほどもつ。)


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(二毛作が基本だそう。すべて手作業です。)



「貧困」について考えたことを少し書きます。

家族みんな、誰も飢えてはいない。

食べるものは畑で取れるし、米も野菜もある。

でも、現金収入を得るのが難しい。

年に一度の収穫時に売りに行く時が唯一の現金収入。

病院へかかるには、子どもを学校に行かせるのには、現金収入が必要。

そんな話をよく聞いたし、相談されたし、目の当たりにしました。

「子どもを学校に行かせられないと、このまま子どもも同じように大人になり、同じ仕事(焼畑または稲作)しかできなくて、孫も同じだ。」と。

彼らが言っていたこの課題に対して、なにができるのでしょう。

仕事を作る?・・・簡単なことではありません。

お父さんが出稼ぎに行くしか、定期的な現金収入を得る方法はないのでしょうか。

この場で、村で、なにかできたらいのかもしれないけれど・・・

そのとき、わたしはきちんと返事をすることができませんでした。


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(たまに日陰を貸してもらってひとやすみ。)


歩きすぎた全身筋肉痛と、崖ですべって足から出血したのと、正体不明の虫に刺され左足がとても腫れていることと、山の中のトイレ(壁がなくオープン。穴のみ)でお尻も虫に刺されたことと、冬に池での水浴びをしたので風邪をひいたのを除けば元気に帰ってくることができました!


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(最終日、日が暮れてから吸った水たばこ。相当肺にきました・・)


本で勉強していても絶対に得られないものを得ました。たくさんの人に出会い、様々なことを知りました。
へばっていたわたしにたくさん親切にしてくれた、村のおばちゃんたちに感謝です。

今回の経験は1つずつゆっくり言葉にしていきたいと思います。



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(一晩過ごした村での記念撮影。)




(渡部清花)




2013/09/14 Saturdayauthor: JummaNet事務局

子どもたちの過去

こんにちは!
現在、大学を休学しチッタゴン丘陵ランガマティにある寄宿舎学校Moanoghar(モノゴール)
でボランティアをしている渡部です。
ジュマ・ネットの現地通信員として1年間、子どもたちの様子や現地の出来事をお伝えしています。
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毎年、ジュマネットのメンバーがモノゴールを訪れますが、この夏は下澤先生が訪問されました。
一番印象的だったことを書きます。
ジュマネットの奨学生である、
リトンくん、シリカちゃんという兄弟へのインタビューに同席させてもらいました。

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現在リトンくんは6年生、シリカちゃんは4年生。

ふたりの父親は2010年2月19、20日のバガイチョリ襲撃事件で軍に銃撃されて
亡くなりました。
家は焼け、2011年1月からふたりともモノゴールで生活をしつつ勉強しています。

「大きくなったなあ」と当時のふたりを知っている先生がつぶやきました。
当時ふたりはそれぞれ4年生、2年生。
4年生だったおにいちゃんのリトンくんは、事件の日のことをわりと鮮明に覚えていて、
そのときの状況を話してくれました。
でも彼にとって、とても辛い過去。
なにがあったのかを話してくれたときの表情は暗く、わたしも心が苦しかったです。

当時2年生だったシリカちゃんは、「覚えていない」ということが多かったです。
本当に幼かったから覚えていないのか、辛かった過去を記憶が消しているのか、、、

今回最も感じたことは、この地域の紛争は本当に終わっていないんだということ。
1997年に和平協定が結ばれたとはいえ、こんな小さな子たちが今もまだ犠牲に
なっています。
モノゴールで学ぶ生徒の中にも、親を襲撃事件等で失った子どもたちが他にもいます。
入植者に家を焼かれた子、軍の駐屯地が作られたときに立ち退きにあった子もいます。

先月、8月上旬にも、となりの県カグラチョリで襲撃事件が起こり、2000人以上の
ジュマの人々が避難し、何人もの人が負傷しました。

こんなことが日本で起こったら国際ニュースです。
国際社会が黙っているはずがありません。
しかし、この地域、チッタゴン丘陵地帯で起こった事件だから、大きなニュースにならないで
また消えていくのです。

こんなことが続いていいはずがない。

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(下澤先生、寮母さん、筆者と女子寮の子どもたち。授業が終わったあとなので、
みんな私服を着ています。)

次のシリカちゃん、リトンくんを出さないように、もうこれ以上この地域で襲撃事件が
起こらないことを強く願います。

(渡部清花)

2013/05/12 Sundayauthor: 共同代表 下澤嶽

CHT問題のこれからを考える

ジュマ・ネットも設立から11年目を迎えている。いろいろな出会い、感動と出会うことができた。同時にいくつかの失望と落胆も多い。ジュマ・ネットとしては、一日も早くこの地域に民族的な差別がなくなり、ジュマの人々が普通生活を取り戻すことが願いである。そのためには、1997年に政府との間で締結された和平協定の完全実施が一番の近道だと考えている。特に軍隊の撤退と自治権の回復が重要だ。
こうしたコメントは日本人の私たちだけでなく、多くのジュマの人々の願いであることもこの10年近くの活動で強く実感することができる。しかし、それを一番阻んでいるものは何か・・・・と今振り返るならば、ジュマ・リーダーや政党の対立と抗争だと思う。

和平協定後、最初の政党であるPCJSS、和平協定に反対だったUPDFの間で激しい対立が続いていた。しかし今ではUPDFも和平協定に協力な反対姿勢はとっていないにもかかわらず、双方の強硬な姿勢は変わっていない。さらにPCJSSは二つに分裂し、3つの政治グループが抗争を展開するようにまでなってしまった。

和平協定が締結されすでに16年。国内、国外の力をひとつにすることを忘れ、自分たちの正当性のためだけに仲間の命を奪い続ける姿勢に、怒りを感じる。この分裂によって日本国内のジュマグループさえも分断されている。この分裂でいかに個々の運動が低減されているか計り知れない。

軍の圧倒的な支配の中で、なぜ彼らだけが銃を自由に所持し、これだけの数の誘拐、拷問、殺人を続けられるのか・・・・・・・・推定できる答えはそれほど多くない。これもいつか時間が証明することなのか。このことに対してどの国際機関も無言であり、介入の方法を見つけ出せていない。


カプタイ湖を望む
ランガマティ県の山からカプタイ湖を望む
バングラデシュ、チッタゴン丘陵和平協定の実施と平和を求めて署名キャンペーンを行なっています。★オンライン署名サイト⇒http://cht-global-voices.jp/ 


<署名キャンペーンにご協力頂いている皆様へ>

皆様からのご協力のおかげで、署名数がようやく「約7,600名」を超えました。
賛同団体の皆様、会員の皆様、支援者の皆様、また初めて「チッタゴン丘陵について知りました」という皆様からもご協力を頂き、心より感謝申し上げます。
オンライン署名の他にもFAXや郵送で続々と署名が届いております。ありがとうございます。

ようやく海外からの署名もエンジンがかかり、数が増えて来ました。
「10,000名」署名が目前に迫ってきました。何とかこれを超えて、国際市民社会からのインパクトをバングラデシュ政府に届けたいと思いますので、皆様、まだ最後までどうかご協力をよろしくお願い致します。(当初の目標は10万です)

【★重要なお知らせ★】署名の「締め切りを延長」致しました!
・郵送の場合:2010年『3月5日(金)』必着
・オンライン署名:2010年『3月5日(金)』頃
・提出時期:2010年3月中旬

※バングラデシュ政府に"効果的"に署名を提出するために現在調整を行っております。日本のみならず、バングラデシュを含めて呼びかけ団体間の相談によって、署名提出を3月中旬に変更いたしました都合により、署名の締め切りが、約1ヶ月延びることになりました。

※解説付きの署名用紙パンフレット
配布してくださる方は、ぜひジュマ・ネット事務局までご連絡下さい!すぐ送付致します。

※7名分署名が出来るフォーマットもダウンロード可能です(締切日は3/5です)

※引き続き、オンライン署名をぜひ、呼びかけて頂ける様にご協力をよろしくお願い致します。(ジュマ・ネット一同より)

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【転送歓迎】 ぜひご署名をよろしくお願い致します(ver.10.1.29)
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   バングラデシュ、チッタゴン丘陵(CHT)和平協定の実施と
       平和をを訴える世界同時キャンペーン
   Global Voices for Peace in the Chittagong Hill Tracts !
   オンライン署名はこちらから⇒http://cht-global-voices.jp/
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<賛同人・Mesbah Kamalダッカ大学歴史学部教授、バングラデシュ先住民族権利運動事務総長からのメッセージ>

バングラデシュ首相殿

貴殿はCHT和平協定を調印に至らせる勇気をお持ちでした。このため政治的な問題を政治的な手段で解決する歴史的な機会が作り出されました。今やチッタゴン丘陵の恒久和平を保障するために引き受けられた任務を貫徹すべき潮時です。
多様性を強みとして是認し、多元性を国策の基本方針とする機が熟しています。
民族、宗教、カースト、信条に関係なく全ての国民の対等な権利を確立する指導力を発揮してください。丘陵民の指導者と協議の上でCHT和平協定の完全実施の計画表を策定し、それを順守してください。

<賛同人Bob Brown上院議員(オーストラリア緑の党 党首)からのメッセージ>

国際社会は、ジュマ民族が自らの土地で平和を確立しようとする闘いを強く支持しています。新政権がチッタゴン丘陵和平協定の実施に前向きな姿勢を示していることに勇気付けられますが、すでに10年以上遅れている協定を完全に実施するよう改めて強く要請します。

<賛同人・阪口 直人衆議院議員(民主党)からのメッセージ>

和平協定の実施を後押しする為にチッタゴン丘陵に行きます。日本政府、そして日本の人々にもより強い関心を持ってもらえるよう、国会議員として取り組みます。

※オンライン署名サイトから、賛同人や賛同団体と、これまでの署名者から寄せられたメッセージを読むことが出来ます。⇒http://cht-global-voices.jp/

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<問題のあらまし> ジュマ・ネット代表 下澤嶽より

バングラデシュ、チッタゴン丘陵の民族対立と紛争はすでに30年近い時間が経とうとしています。1997年に政府とジュマの間で和平協定が結ばれたにもかかわらず、いまだに協定は実施されず、アジアの慢性的な紛争の典型例となっています。

しかし、2008年12月の選挙でマニュフェストに「和平協定の完全実施」を掲げていたアワミ連盟が勝利して与党として政権に返り咲き、大きく風向きが変わりました。

さらに2009年8月には、チッタゴン丘陵から軍の撤退が一部実現するといった、平和構築につながる動きが徐々に見られるようになってきたのです。

とは言え、人権侵害や土地紛争など問題は山積しており、予断を許さぬ状況です。一番の焦点は、バングラデシュ政府軍がここの利害関係から手を離せるかです。

そのために国際的な関心の喚起と、声(ヴォイス)が必要です。いま、チッタゴン丘陵はその課題の取り組みの歴史の中で、平和構築に向けた最大のチャンスを迎えつつあります。

ぜひ皆さんのヴォイスを出してください。それをバングラデシュ政府とバングラデシュ政府軍、そしてバングラデシュの市民の良心に届けましょう。

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<参考リンク>
朝日新聞2009/12/24 国際面『紛争地に和平の兆し 新政権、軍の一部撤退』

<チッタゴン丘陵(CHT)問題について、初めて聞く方へ>
CHT問題とは、和平協定とは⇒http://www.jummanet.org/cht/

<オンライン署名サイト>
●以下のサイトからぜひ署名をよろしくお願い致します!
 様々な国から、署名とメッセージが寄せられています。

<現在の署名数>
オンライン署名:5,600(1/29現在) 
紙による署名(バングラデシュ):約2,000 
合計で約7,600名(何とか1万が見えてきました!)

<署名集約と提出予定【変更しました】>
署名しめきり(郵送の場合):2010年3月5日必着
署名しめきり(オンライン署名):2010年3月5日頃
提出時期:2010年3月中旬

●以下のシェイク・ハシナ首相への要請にご賛同いただける方は、ぜひこちらからご署名をよろしくお願い致します。⇒http://cht-global-voices.jp/(オンライン署名)

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<要請文>

バングラデシュ人民共和国首相 シェイク・ハシナ殿

「CHT和平協定の完全実施を求めます。」

CHT和平協定の中で約束された、全ての土地紛争の解決、仮設駐屯地の撤退、県評議会・地域評議会への行政権の委譲、帰還難民と国内避難丘陵民の生活再建が、時限つきの工程表のもとで完全実施されることをバングラデシュ政府に要請します。

<呼びかけ団体>(4団体)
・ジュマ・ネット(日本)
・Organising Committee Chittagong Hill Tracts Campaign(オランダ)
・Indigenous Jumma People's Network USA (アメリカ)
・Jumma People's Network of Asia Pacific Australia(オースト ラリア)

<賛同人>(現15名)
・Mairead Corrigan-Maguire, 1976 Nobel Peace Prize Laureate,
  Co-founder of the Community of Peace People
(北アイルランド 1976年ノーベル平和賞受賞者)
・The Hon. Laurie Ferguson MP, Federal Member of Reid (NSW),
  House of Representatives, Member of the Australian Labor Party (ALP)
(オーストラリア 労働党 国会議員)
・茂田 真澄(勝楽寺 代表役員)
・池田 香代子(翻訳家)
・阪口 直人(民主党・衆議院議員)
・服部 良一(社民党・衆議院議員)
・Mohiuddin Ahmad, Chairperson, Community Development Library
・The Hon. Senator Bob Brown, Leader of the Australian Greens
(オーストラリア 緑の党 党首)
・The Hon. Janelle Saffin MP, Federal Member for Page,
  House of Representatives,Member of the Australian Labor Party (ALP)
(オーストラリア 労働党 国会議員)
・Ricardo Carrere, International Coordinator, World Rainforest Movement
(世界熱帯林運動 国際コーディネータ)
・Marcus Colchester, Director, Forest Peoples Programme
(森林に住む民族のためのプログラム 事務局長)
・Michael Heyn,Director, CHT Development Facility of UNDP
(UNDP-CHT事業責任者)
・Meghna Guhathakurta, Executive Director, Research Initiatives,
 Bangladesh
・The Hon. Lee Rhiannon, MLC, The Greens Parliament of New South Wales 
 Australia(オーストラリア、ニュー・サウス・ウェールズ州議会上院議員)
・Dr. Sikder Monoare Murshed (Shourav Sikder), Professor and Chairperson
  Dept. of Linguistics, University of Dhaka
  (ダッカ大学言語学部長・教授)

<賛同団体>(現50団体)
・Association for Land Reform and Development (ALRD)
・Jumma Peoples Alliance (JPA)
・Jumma Peoples Network International
・Jumma Peoples Network in Japan
・Peace Campaign Group India
・Society for Environment and Human Development (SEHD)
・Survival International
・Vanishing Rites , UK
・New Internationalist Japan 
・Sarawak Campaign Committee 
・アジア女性資料センター(AJWRC)
・アーユス仏教国際協力ネットワーク 
・開発と権利のための行動センター
・「環境・持続社会」研究センター(JACSES) 
・認定NPO法人アジア日本相互交流センター・ICAN 
・NGO自敬寺
・市民外交センター 
・ジュマと歩む会
・浄土宗西山禅林寺派 宝泉寺
・先住民族の10年市民連絡会
・チェチェン連絡会議
・NPO法人懐かしい未来
・FoE Japan
・インドネシア民主化支援ネットワーク
・宗教法人孝道山本仏殿
・社団法人アムネスティ・インターナショナル日本
・ビルマ市民フォーラム
・(特活)シャプラニール=市民による海外協力の会
・(特活)アジアキリスト教教育基金
・(特非)地球の木
・(特非)WE21ジャパン
・(特非)WE21ジャパンかなざわ
・(特非)WE21ジャパンいずみ
・(特非)WE21ジャパン旭
・(特非)WE21ジャパン大和
・(特非)WE21ジャパン港南
・反差別国際運動(IMADR)
・反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)
・生活クラブ生活協同組合・東京
・(社)日本キリスト教海外医療協力会(JOCS)
・Asian Muslim Action Network
・Youth Coordination Center International
・Asian Muslim Lawyers Network
・Dependent Origination Society (DOS)
・Bangladesh Indigenous Peoples Forum
・AJHA International Chakma Organisation in France
・Jumma Peoples Network France
・Society for Women's Empowerment and Sustainability-SHRISTI (Nepal)
・SampreetiMancha
・Society for Threatened Peoples - Germany

(順不同・以後追加予定)

・現在署名者数 約7,600名(1/29現在、オンライン署名と紙の署名の合計)

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<キャンペーン事務局・お問合せ・署名送り先>
 ジュマ・ネット事務局(担当:佐藤・松田)
 〒110-0015東京都台東区東上野1-20-6丸幸ビル5F
 TEL&FAX:03-3831-1072(火曜~土曜10時~18時)
 Email:jummanet@gmail.com 
 URL:http://www.jummanet.org/
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バングラデシュ、チッタゴン丘陵和平協定の実施と平和を求めて署名キャンペーンを行なっています。★オンライン署名サイト⇒http://cht-global-voices.jp/

送信者 The appeal of implementation of the CHT Peace Accord, 19th Dec 2009

この和平協定実施の署名キャンペーンの締め切りが近付いて来ました。これまでに、世界にちらばるジュマ民族たちと、国際的な人権団体などが動き出し、ようやく世界キャンペーンらしくなって来ました。

この問題に関わる著名な人達も多く賛同や署名をしてくれ、和平協定の実施の必要性とあたり前の平和を求める気持ちに多くの人が共感してくれています。しかし、署名の数は、現段階で約5,600ほどと、目標にはほど遠い状態です。

せっかく、国際的な協力の連帯が出来てきたところです。2月には予定通りにバングラデシュ政府に署名を提出するために調整をしています。国際社会の市民の声として、インパクトを与える為にも、まだまだ頑張って数字を延ばしたいところです。

海 外でも、Survival InternationalやWorld Rainforest Movementのような巨大なNGOが広報の協力などをしてくれることになっています。また、バングラデシュ国内でも、ジュマの人達が中心になって署名 を集めています。日本国内でも、最後まで諦めずに、署名を少しでも多く集めたいと思います。

どうか、皆様のご協力をよろしくお願い致します。オンライン署名が可能ですので、MLへのメールの転送や、メールニュースやウェブサイト等への掲載、などどうか皆様からも、再度の呼びかけ(リマインド)を宜しくお願い致します。

ま た、紙による署名も受け付けております。署名用紙や、解説付きの黄色いパンフレットもございます。これを配布して頂ける方は、ぜひジュマ・ネット事務局ま で必要数をご連絡頂ければ、直ちに用紙をお送り致しますのでどうぞお気軽にお問合せください。(ウェブからもダウンロードできます)

どうかよろしくお願い致します!(ジュマ・ネット一同より)


  【転送歓迎】 ぜひご署名をよろしくお願い致します
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   バングラデシュ、チッタゴン丘陵(CHT)和平協定の実施と
       平和をを訴える世界同時キャンペーン
   Global Voices for Peace in the Chittagong Hill Tracts !
   オンライン署名はこちらから⇒http://cht-global-voices.jp/
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<賛同人・Mairead Corrigan-Maguireさん
(北アイルランド ノーベル平和賞受賞者)からのメッセージ>


30 年以上の武力紛争で苦しんできたジュマ民族は正義と平和を深く望んでいます。それは当然の権利です。このため首相、政府、全紛争当事者が1997年チッタ ゴン丘陵和平協定への重要な取り組みを推進し、持続させることを願っています。チッタゴン丘陵における平和の実現は、チッタゴンやバングラデシュの人々だ けでなく、世界中の人々に平和が可能だという希望を与えるでしょう。


<賛同団体・女性のエンパワーメントと持続可能性のための協会-SHRISTI
 会長、クリシュナ・クマリ・ワイバさんからのメッセージ>


バ ングラデシュ政府の和平協定実施への取り組みを歓迎いたしますが、今も続くバングラデシュのジュマ・コミュニティーに対する人権侵害に強く反対いたしま す。同時に一日も早く先住民族の権利および女性と子供の権利を回復させ、和平プロセスをしっかりと政策に組み込み、「公正な社会」を実現するよう要請いた します。

※オンライン署名サイトから、賛同人9名と、これまでの署名者から寄せられた
 メッセージを読むことが出来ます。⇒http://cht-global-voices.jp/
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<問題のあらまし> ジュマ・ネット代表 下澤嶽より

バングラデシュ、チッタゴン丘陵の民族対立と紛争はすでに30年近い時間が経とうとしています。1997年に政府とジュマの間で和平協定が結ばれたにもかかわらず、いまだに協定は実施されず、アジアの慢性的な紛争の典型例となっています。

しかし、2008年12月の選挙でマニュフェストに「和平協定の完全実施」を掲げていたアワミ連盟が勝利して与党として政権に返り咲き、大きく風向きが変わりました。

さらに2009年8月には、チッタゴン丘陵から軍の撤退が一部実現するといった、平和構築につながる動きが徐々に見られるようになってきたのです。
とは言え、人権侵害や土地紛争など問題は山積しており、予断を許さぬ状況です。
一番の焦点は、バングラデシュ政府軍がここの利害関係から手を離せるかです。

そのために国際的な関心の喚起と、声(ヴォイス)が必要です。いま、チッタゴン丘陵はその課題の取り組みの歴史の中で、平和構築に向けた最大のチャンスを迎えつつあります。

ぜひ皆さんのヴォイスを出してください。それをバングラデシュ政府とバングラデシュ政府軍、そしてバングラデシュの市民の良心に届けましょう。
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<参考リンク> 
朝日新聞2009/12/24 国際面『紛争地に和平の兆し 新政権、軍の一部撤退』
http://www.asahi.com/international/update/1224/TKY200912240001.html

<チッタゴン丘陵(CHT)問題について、初めて聞く方へ>
CHT問題とは、和平協定とは⇒http://www.jummanet.org/cht/

<オンライン署名サイト>
●以下のサイトからぜひ署名をよろしくお願い致します!
 様々な国から、署名とメッセージが寄せられています。
・日本語:http://cht-global-voices.jp/
・英 語:http://cht-global-voices.com/

<現在の署名数>
オンライン署名:3,600(1/17現在) 
紙による署名(バングラデシュ):約2,000 
合計で約5,600名(当初の目標は10万人でしたが、何とか1万を越したいですね)

<署名集約と提出予定>
署名しめきり(郵送の場合):2010年1月31日必着
署名しめきり(オンライン署名):2010年2月7日頃
提出時期:2010年2月中旬

●以下のシェイク・ハシナ首相への要請にご賛同いただける方は、ぜひ
こちらからご署名をよろしくお願い致します。
http://cht-global-voices.jp/(オンライン署名)
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<要請文>

バングラデシュ人民共和国首相 シェイク・ハシナ殿

「CHT和平協定の完全実施を求めます。」

CHT和平協定の中で約束された、全ての土地紛争の解決、仮設駐屯地の撤退、県評議会・地域評議会への行政権の委譲、帰還難民と国内避難丘陵民の生活再建が、時限つきの工程表のもとで完全実施されることをバングラデシュ政府に要請します。


<呼びかけ団体>

・ジュマ・ネット(日本)
・Organising Committee Chittagong Hill Tracts Campaign(オランダ)
・Indigenous Jumma People's Network USA (アメリカ)
・Jumma People's Network of Asia Pacific Australia(オースト ラリア)

<賛同人>(現15名)
・Mairead Corrigan-Maguire, 1976 Nobel Peace Prize Laureate,
  Co-founder of the Community of Peace People
(北アイルランド 1976年ノーベル賞受賞者)
・The Hon. Laurie Ferguson MP, Federal Member of Reid (NSW),
  House of Representatives, Member of the Australian Labor Party (ALP)
(オーストラリア 労働党 国会議員)
・茂田 真澄(勝楽寺 代表役員)
・池田 香代子(翻訳家)
・阪口 直人(民主党・衆議院議員)
・服部 良一(社民党・衆議院議員)
・Mohiuddin Ahmad, Chairperson, Community Development Library
・The Hon. Senator Bob Brown, Leader of the Australian Greens
(オーストラリア 緑の党 党首)
・The Hon. Janelle Saffin MP, Federal Member for Page,
  House of Representatives,Member of the Australian Labor Party (ALP)
(オーストラリア 労働党 国会議員)
・Ricardo Carrere, International Coordinator, World Rainforest Movement
(世界熱帯林運動 国際コーディネータ)
・Marcus Colchester, Director, Forest Peoples Programme
(森林に住む民族のためのプログラム 事務局長)
・Michael Heyn,Director, CHT Development Facility of UNDP(UNDP-CHT事業責任者)
・Meghna Guhathakurta, Executive Director, Research Initiatives, Bangladesh
・The Hon. Lee Rhiannon, MLC, The Greens Parliament of New South Wales
 Australia(オーストラリア、ニュー・サウス・ウェールズ州議会上院議員)
・Dr. Sikder Monoare Murshed (Shourav Sikder), Professor and Chairperson
  Dept. of Linguistics, University of Dhaka(ダッカ大学言語学部長・教授)

<賛同団体>(現49団体)
・Association for Land Reform and Development (ALRD)
・Jumma Peoples Alliance (JPA)
・Jumma Peoples Network International
・Jumma Peoples Network in Japan
・Peace Campaign Group India
・Society for Environment and Human Development (SEHD)
・Survival International
・Vanishing Rites , UK
・New Internationalist Japan 
・Sarawak Campaign Committee 
・アジア女性資料センター(AJWRC)
・アーユス仏教国際協力ネットワーク 
・開発と権利のための行動センター
・「環境・持続社会」研究センター(JACSES) 
・認定NPO法人アジア日本相互交流センター・ICAN 
・NGO自敬寺
・市民外交センター 
・ジュマと歩む会
・浄土宗西山禅林寺派 宝泉寺
・先住民族の10年市民連絡会
・チェチェン連絡会議
・NPO法人懐かしい未来
・FoE Japan
・インドネシア民主化支援ネットワーク
・宗教法人孝道山本仏殿
・社団法人アムネスティ・インターナショナル日本
・ビルマ市民フォーラム
・(特活)シャプラニール=市民による海外協力の会
・(特活)アジアキリスト教教育基金
・(特非)地球の木
・(特非)WE21ジャパン
・(特非)WE21ジャパンかなざわ
・(特非)WE21ジャパンいずみ
・(特非)WE21ジャパン旭
・(特非)WE21ジャパン大和
・(特非)WE21ジャパン港南
・反差別国際運動(IMADR)
・反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)
・生活クラブ生活協同組合・東京
・(社)日本キリスト教海外医療協力会(JOCS)
・Asian Muslim Action Network
・Youth Coordination Center International
・Asian Muslim Lawyers Network
・Dependent Origination Society (DOS)
・Bangladesh Indigenous Peoples Forum
・AJHA International Chakma Organisation in France
・Jumma Peoples Network France
・Society for Women's Empowerment and Sustainability-SHRISTI (Nepal)
・SampreetiMancha
(順不同・以後追加予定)

現在署名者数 約5,600名(1/17現在、オンライン署名と紙の署名の合計)

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<キャンペーン事務局・お問合せ・署名送り先>
 ジュマ・ネット事務局(担当:佐藤・松田)
 〒110-0015東京都台東区東上野1-20-6丸幸ビル5F
 TEL&FAX:03-3831-1072(火曜~土曜10時~18時)
 Email:jummanet@gmail.com 
 URL:http://www.jummanet.org/
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チンブックの山の中腹にある村、この村に向かって斜面を下ります。お天気なので良いのですが、雨が降ったらきっと怖くて降りれません。(滑って降りるはめになるかも)
今思うと、トタン屋根が多いのも避難してきて急いで作った家だからかも知れません。

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村の入り口ですね。

バンドルボンでは、どこも土地が少なく人々は生活が苦しいそうです。特にチンブックのエリアは、スアロクの軍の土地収用によって土地を追われて来た人が作った村があったり、軍が作ったニルギリ・リゾートのように元々住んでいたムロー民族を追い出して作ったリゾート地があったりします。そういう話を聞かずに、景色だけを眺めながら車を走らせていたら、ここは最高のリゾート地だと思うかも知れません。

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竹を運ぶお兄さん~。左端に、警官の銃口が写ってますね。外国人に対するセキュリティです。

土地を追われた村々がまた新たに焼畑を作ったり果樹園を作ったりするような土地にまた住み着けるとは限りません。各土地は慣習的にモウザやユニオンという単位でカルバリやヘッドマンが管理しており、土地には全て境界線があり、他の人々が使用している土地に侵入することは出来ません。結果、狭い狭い面積の土地を見つけて大勢で使用しなくてはなりません。

以前は、5~6年おきに休ませて使っていた焼畑地も、今は毎年使わねばならず、しかも化学肥料を使ってやらないといけないほど土地が痩せてしまいました。それでも人口が増えるのに、土地が痩せてしまい米の収穫量は年々減って行きます。以前だったら1人で食べられた食事の量を今は7人で分けて食べなければならないと村人が嘆いていました。

果樹園では、換金作物となるマンゴーやバナナ、ジャックフルーツなどの果物を植えます。しかし、遠隔地に住む人々の地元では安い値段しか付きません。バンドルボン・ショドル(街)のバザールに持って行けばもっと高い値段がつきますが、交通費・運搬費、街での滞在費を払わねばならずコストが高くつきます。さらにベンガル語が出来ない村人は街の市場を取り仕切るベンガル人商人と交鈔がうまく出来ません。ベンガル人のシンジケートに入れてもらうことも難しく、リスクが高く結果的に見合わないこと多々あります。

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ドキュメンタリー映画「コルノフリの涙」に出ていた女性に偶然会いました。映画観ましたか?と聞いたら、見ていないそうです。。。
話は飛びますが、現在この映画を作ったタンビール・モカメル監督が来日中で、10月24日(土)に監督をお呼びして上映会を行う予定です。まだ詳細が決まっていませんが、決まり次第皆様にご案内をお送りします。
バンドルボン県は、チッタゴン丘陵地帯(CHT)の一番南に位置し、CHTの中でも標高の高いKeoceadangHillやChimbukHillがあります。バンドルボン・ショドルからタンチに向かい車で約3時間チンブック山脈の尾根を走ります。

尾根道の両側は、焼畑が広がっています。焼畑の中には「焼畑小屋(jum ghor)」を建っています。繁忙期になるとこの焼畑小屋に寝泊りします。今はちょうどもうすぐ収穫が始まる季節で、陸稲(おかぼ)には稲がなっていました。陸稲を見ると稲の間には、とうもろこしやかぼちゃ、ひえや粟のような雑穀類も植えられています。

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焼畑小屋↑

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もうすぐ収穫

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↑これは、何ですか? バングラデシュでパンを作るときの「アタ」(小麦粉)らしいのですが、日本では何と言うのか??

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↑これは、ひえや粟の仲間です。多分。

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車道に車を置いて、尾根道から村に向かって歩きます。焼畑の間の道を20分~30分下って行くと村があります。あまりの直射日光の熱さに、脳みそが焼けそうになりました。coldsweats02

すっかりブログをご無沙汰してしまいました。
8月15日~31日までバングラデシュ出張に行って参りました。いつもは事業調整なども含めてチッタゴン丘陵地帯(CHT)のカグラチャリ県に行くことが多いのですが、今回はバンドルボン県を中心に出張を組みました。

バンドルボン県の県庁所在地(ショドル...街と呼びます)や、コックスなどの平野部に近いLama(ラマ)は町もベンガル化が進んでいて平野部にいるのとあまり大差は感じないのですが、町の中心地のところどころに先住民族の集落があったり、道端やバザールでジュマの人々が焼畑で取れた野菜を売っていたりして先住民族の生活などに触れることも出来ます。またマルマ民族や、コックスのラカイン族などお隣のビルマと行き来している人々も多く、ビルマ風の料理を食べることも出来ます。(ラカイン族の場合は、CHTよりコックスバザールに多くいます)

今回のバンドルボン県は大きく3つの目的で訪問しました。
1つは、ショドルを中心にNGO関係者や活動家などとの人脈作り
2つは、今月9月10日に来日するランライ・ムローさんが関わる、軍による土地収用が行なわれた地区の視察。
3つめに、ベンガル化の進むバンドルボン県の中でもまだ先住民族が人口的に多数派を占める数少ない遠隔地をじっくり訪問すること。これはビルマ国境までのエリアを占めるタンチ郡を選びました。

また、今回の出張にはフォト・ジャーナリストの渋谷敦志さんも同行してくださいました。
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チンブック地区の尾根沿いの道から平野部をバックに。(左から渋谷さん、トムさん、私)
この尾根道は、CHTの中でも比較的標高が高いところで、平野部を見渡すが出来ます。地平線にはキラキラと反射する海が見え、チッタゴン港に停泊する船影を見ることが出来ました。

今回の出張報告は、次回の会報19号に掲載する予定です。
このブログでもさくっと感想や報告を書きたいと思います。特に会報では紙面上沢山は紹介できない写真などを紹介出来ればと思います。ムロー民族のおじさんの歌のムービーなどもUPしたいと思います。



前回の続きです。川で遊んで疲れた頃にシャンプーで頭を洗い始めた私。川で頭を洗うのも湯船の底は浅いけど、おおきな銭湯に入ってるようなもので(ちょっと水が冷たいけど...)オープンで気分良いです。景色良いし。

子どもたちは遊んでから石鹸でちょっとだけ身体を洗って終わりと言いましたが、大きなお姉ちゃんたちは、石鹸で洗濯を始め、それが終ったらゴソールです。洗濯も頭も身体も石鹸一個でシンプルなものです。それに比べて私は...、洗濯用の石鹸のほかにシャンプーのボトル1本、リンスのボトル1本、ボディーソープ1本、洗顔フォーム1個、、、ボトルの数が多い。並べるのが大変です。それにこんな自然豊かな川に、こんなに洗浄力の強い洗剤を流していいのか・・・と罪悪感がわいてきました。(海老もいたし・・・)

さっき、川の中で追いかけっこして、子どもたちが見せてくれた↓湧き水。
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この写真は裏山にあった湧き水の穴ですが、川のすぐそばにも、やはりこのような湧き水がありました。川底は泥で、ちょっと濁った川の水とは違ってこの穴の水は透明で綺麗でした。子どもたちや村人はこの水は飲めると言っていました。私は「怪しい・・・」と内心思いましたが専門家では無いのでよく分かりません。

このような自然の中で、合成洗浄剤を流すのにためらいを感じました。それより何より一番は、こんなに色々なグッズを川でゴソールに使うのは、スマートじゃないんです。こんなボトル類は川には不向きでは!?あれもこれも川の中で並べられないし、慣れない川でのゴソールは私には難しかったです。服の上からどうやって身体を洗うのか???桶もシャワーも無いから、上から流せないし・・・・。しょうがないので川の深いところまで行って、肩までつかってみました。

しかし、一番困難なのは、濡れた服から乾いた服に着替える工程です。濡れた服はべったり身体にくっつくし、こんなお外でお着替えは難しすぎました。お姉ちゃんたちのゴソールの仕方を観察すると、実に手際よく、着替えもしていてスムーズです。特に感動したのは、ウエストがゴムになったフレアースカートを履いて行き、ゴソールの時はそれを胸まで持ち上げて、上着をとります。その後の着替えも楽です。これはなんて便利なんでしょう!!小学校の頃プールの時間に着替え用のテルテルボーズ型のタオルを皆使っていたのを思い出しました。

こんな苦労があったので、次回から、川で簡単にゴソール出来る様に装備を整えるようになりました。ゴソール用のスカートと、マジックソープ(ラベンダー)の2点だけです!この石けんですべてまかなえる優れものです。

これを機会に日本に帰って来てから、石けんについて調べるようになり、その後、石けんシャンプーに切り替え、石けん愛用家になりました。不必要なものを使わなくなったし、旅行中の荷物も減ってよかったです。
私が生まれて初めて川でゴソール(ベンガル語で水浴び、日本ならお風呂?バングラでは湯船が無いので水浴びです)を体験したのは、チッタゴン丘陵地帯です。

私は、鹿児島の血をひいた東京育ちで、はっきり言って都会っこです(たぶん)。自然や田舎は大好きですが、虫は苦手です。人気の少ない静かな場所も好きですが、深夜まで人気が多くてうるさい場所も大好きです。(ダッカとか・・・)

チッタゴン丘陵地帯のカグラチャリ県のロッキチョリというところの、さらに奥のバンヤチョラという村に行った時です。普通のバスが走るメインロード(?)でバスを乗り換えて、乗合ジープを乗り継いで、舗装されていない、赤土が剥き出しの道を1時間ほど走ります。丘陵地帯ですから、道はもちろん平坦ではありません。ジープの天井に頭をぶつけ、(乾季だったので)頭から砂埃をかぶりながら、着ていたサロワカミューズのすそで鼻と口をおおいます。お尻が痛くて耐えられなくなった頃に、バンヤチョラに到着です。

そこに、小さな寺子屋があるのです。子どもの数は40名くらいでしょうか。お坊さんと先生がいて、ホステルに泊まっている子どももいれば、近所から通う子どももいました。子ども達の年齢はバラバラですが、だいたい皆小学校の低学年くらいです。野獣のように元気いっぱいで、おばさん(私)は体力的に付いて行けません。

そこに数日泊まった時のことです。その寺子屋に併設された水浴び場の水は、貯水タンクに貯められた深~い深~い緑色で、私はどうしてもその水でゴソールする気になれませんでした。子供たちや、大きなお姉ちゃんたちは、午後1時の一番暑い時間帯になると、近くの川に行ってゴソールしていました。

特に子供たちは、皆で川に飛び込んで、追いかけっこをして、泳ぎまくって遊びまくって、最後に申し訳程度に固形の石けんでちょちょっと身体を洗って終わりです。(バングラではゴソールでは裸にはなりません。ゴソールしやすい布服をまといます。)

2006.10 えとうCHT訪問画像 67.jpg私も、子どもたちに付き合って、(付き合わされて)川の中で追いかけっこをして、「飛び込むから見ててね!!」という男の子、女の子を10人ほど見守り、ちっさい海老を取り、疲れました。そろそろ、かゆい頭を洗わせてくれい!と、日本から持って来たシャンプーで頭を洗っていると、川の向こうで、おじさんが牛を洗っていました。。。犬も川を渡って行きました。

書き始めたら、ちょっと長いので、つづくにします。
写真は、2枚ともEとーさんが撮った写真です。

2006.10 えとうCHT訪問画像 64.jpg

2009/05/03 Sundayauthor: 共同代表 下澤嶽

なぜチッタゴン丘陵の問題に取り組んだか(2)

代表の下澤です。

1992年のロヒンギャ難民の現場で見たこと、その直後に発生した、ロガンの虐殺事件に冷淡だったNGOの反応などが、私がチッタゴン丘陵問題に関心をもつようになった最初のきっかけです。

しかし、実はそれ以前にも私は、モンゴロイド系の方々の村を暇あるたびに訪ねていました。たとえばモドゥプールのガロ、ラッシャヒのサンタル、シレットのモニプル、ジャマルプールのコーチ、チャンドラゴーナのマルマ、コックスバザールのラカイン、ダッカのビハリー・・・といろいろとマイノリティの人々との接触があったのです。1991年のサイクロン災害の活動の時は、近くのボロア仏教徒の村に入り、村の中にある仏像に触れて、感動したことがあります。

イスラム教徒ベンガル人の村にない、どこか落ち着いた空気、仏像、ろうそくの灯、どこか自己主張を抑えた独特の態度、豚肉、スパイスの違うすっぱい料理、日本人に似た少女の瞳、お酒の発酵する匂い。

うまく言えませんが、「郷愁」というか、家に戻ってきた、そんな感じを毎回感じました。ですから、そこで起きているひとつひとつは、自分の生まれた町で起きているような錯覚を覚えました。

私の中に今でも眠っているひとつの強い感性に、知られない弱者=マイノリティへの、変な郷愁があるのです。正義感以外の部分として、愛すべき人々へのそんな思いが強く宿ったからだと思います。

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                 バンドルボンの山を登る(写真はカンさん)
2009/04/27 Mondayauthor: 共同代表 下澤嶽

なぜチッタゴン丘陵の問題に取り組んだか

私が、なぜチッタゴン丘陵問題に取り組むようになったか。それを簡単にご紹介します。

私は1988年~1993年まで、シャプラニールという団体の、バングラデシュ駐在員をしておりました。1992年のことだと思いますが、ミャンマーから逃れてきたロヒンギャ難民がチッタゴンのテクナフ半島に30万人ほど発生し、その対応でこの地域にいったときのことでした。

当時のミャンマーからバングラデシュに逃れた難民は、ロヒンギャだけではなく、仏教難民もいましたが、バングラデシュ政府はイスラム教徒のロヒンギャ難民に対してのみ、支援を許可しました。多くのNGOはロヒンギャ難民の支援のために、コックスバザールに拠点を構え、ほとんどのホテルはNGOで埋まっているような状況でした。皆、自分たちの活動で必死でした。

しかし、徐々に、チッタゴン丘陵地域にも多くの難民がいることがわかっていましたが、バングラデシュ政府は紛争地域であることもあり、この地域での活動は一切認めませんでした。

そういった矛盾の中で、活動を展開しているとき、4月10日にカグラチュリ県のロガンで大量虐殺事件が発生しました。しかし、ロヒンギャ難民で忙しいNGOはどこも、その事件については触れることがありませんでした。私も後で、その事件を知り、非常にショックでした。大量の資金が流れ、自分たちの手柄集めで必死だったNGOが、100キロ先で起きている虐殺事件に声もあげることができなかった。NGOは何か・・・・そういった反省がこみ上げてきました。

人権に敏感な、そのことを一番の優先順位にするNGOが必要ではないか・・・そのためにはどういった準備をしなくてはいけないか・・・と思い、準備に入っていったのです。

バングラバス.jpg

シャプラニールの駐在員当時、ジャマルプールからバスで帰るところ