ジュマ

2015/01/21 Wednesdayauthor: JummaNet サイト管理者

モノゴール職員が見たランガマティ衝突事件

事務局の竹中です。
1/10、ランガマティでジュマの人たちとベンガル人との衝突事件が発生し、その後外出禁止令・集会禁止令が発令される事態となりました。30人以上がけがをしたと伝えられています。

事件が起きたのは、ジュマ・ネットが支援する寄宿舎学校「モノゴール」から少し離れたところでした。
幸い直接の被害はありませんでしたが、その夜モノゴールは大変な状況におかれることになりました。
モノゴールの職員でジュマ・ネットのカウンターパートでもあるアショクさんが、当日の様子をレポートしていますのでご紹介します。
突然事件がおきたとき、普通の人たちに何が起こるのか、そのときジュマの人は、ベンガル人はどうするのか。とても心に響きました。


「ランガマティでの暴力的衝突:混乱の中で」  2015/1/12
モノゴール業務執行取締役アショク・クマル・チャクマ
  原文はこちら
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アショク氏、オフィスにて

昨日、ランガマティのベドベディで起きた「ジュマとベンガル人との衝突」のあと私たちが経験したことを、どうお伝えしたらよいでしょう。
暴力的対衝突は午後6時ごろ発生しました。私たちのいるランガパニの村は、ベドベディから少し離れているにも関わらず、対立の空気に包まれていました。

業務時間が終わり、私がオフィスを出たのは6時8分でした。
私がモノゴールのメインゲートにさしかかった時、たくさんの人が「進め、進め、ベンガル人がくるぞ」と叫びながらランガパニの村からベドベディの方へ向かっていきました。
私はとっさに立ち止まりました。道に出るのは危ないと思ったのです。
そして何が起きているのかと、ベドベディにいる人に電話をしました。
彼は、「ベンガル人がトラブルを起こそうとしている、たくさん人が集まって抵抗している」と教えてくれました。
彼の言葉から、何か思いもかけないようなことが起こっていると感じました。
そしてバイクをオフィスに戻そうとしたとき、1台のバイクに続いて2人がモノゴールのゲートに駆け込んでくるのが見えました。
そのときゲートのあたりにいた人が、「モノゴール病院に患者が運び込まれたらしい」と教えてくれました。
それを聞いて、私はバイクを停めにオフィスに戻りました。

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モノゴールのメインゲート 敷地内から見たところ、画面奥が道路

オフィスのすぐ向かいがモノゴールの小さな病院です。
その病院の前に数人の人がいました。
患者は運び込まれベッドに横たえられていました。
住み込みで働いている看護師が私のところに来て、「どうしますか?かなり重症のようです。切りつけられていて、出血しています。」と声をひそめて言いました。

業務時間は既に過ぎている上、まだ休暇期間中のことで、医師もアシスタントもいません。
病院にはお休みムードが漂っていました。
重症の患者はベッドに横たわり、彼の頭やその下の枕、頬、Tシャツは血で濡れていました。
血は彼の頭の傷から流れ続けていました。
このけがをした男性を見て、私は頭が真っ白になってしまいました。
看護師に、何とか手を尽くしてくれと頼みました。
「こんな患者の処置をする設備はありません。病院に搬送すべきです。」と彼女は答えました。
どうやって病院に運べばいいのか!
ベドベディでは一触即発の状態になっていると聞きました。
ベドベディとアサンバスティの間の道は封鎖されているとも聞きました。
まったくひどい状況でした。

看護師はとても心配そうに患者を見ています。
私たちにはなすすべもありませんでした。せめて出血を止めなくては。
看護師に、電話で医師に助言を求めるよう指示しました。
アシスタントにも電話しようとしましたが、看護師によれば彼の電話はつい2,3日前に故障したばかりとのことでした。まったくなんてついてないんだろう!

看護師とお手伝いさん、それに高学年の生徒たちが協力して、作業療法室にあるストレッチャーに患者を乗せました。(実際のところ作業療法設備はないのですが...モノゴールの子どもたちのための簡単な医療設備があるだけで、症状が重い場合は一般の病院に送られています。)
お手伝いさんが傷口を圧迫し、看護師が消毒したティッシュやタオルを巻いていきました。
医師のアドバイスを受け、痛み止めなども処方しました。
看護師とお手伝いさんの献身的な努力には本当に感謝しています。

次は病院への搬送のための手助けを待たねばなりませんでした。
私の同僚たちは警察署、警察庁、他の政府機関やネットワークをたどってコンタクトをとろうとしました。
私自身も何度も警察署に電話をしました。
向こうで呼び出し音は鳴っていますが、誰も受話器をとってくれません。この火急のときに、まったく泣きっ面に蜂です!

私は患者から、彼の出身や親せきについての情報を聞き出そうと試みました。
彼によれば、彼の名前はタルン・ビカシュ・チャクマ、ベドベディの青少年育成事務所の近くに住んでおり、大工をしているそうです。
彼の兄はラオザンで警察官をしているということだったので、お兄さんの電話番号を聞いてすぐに電話をかけました。
お兄さんに弟の容体を伝え、ランガマティ警察署と警察庁に弟の緊急搬送を要請するよう頼みました。

事件について患者はこう言っていました。
「道を歩いていたら、テニスコート(今はモスクが建設されています)のところで、ベンガル人が数人立ちふさがってきました。彼らに身ぐるみはがされ、切り付けられました。頭を切られ、私は逃げ出しました。道の向こうからやってきたバイクの人ともう一人が私をモノゴールのミニ病院に連れてきてくれました。」

「チャクマ人男性がベンガル人たちに切りつけられた」―このニュースは瞬く間にベドベディの村に、そしてランガマティ中に広がりました。
ベドベディ村を助けるために、ランガパニからもたくさんの人が「進め、進め」と叫びながらベドベディに行進していきました。
事態はどんどん悪化し、激しい叫び声と銃声が聞こえました。

しばらくして、町に外出禁止令が出されたという放送がこえてきました。
誰も家から出ることはできません。
デモの声は徐々に小さくなっていきました。
でも私たちには、患者を病院に搬送できなかったらどうなってしまうんだろうという不安が残ったままでした。
看護師とお手伝いさんは今やこの救急処置の「担当医」でした。
出血は未だ止まらず、2人はとても不安そうにしていました。
包帯は血に濡れていく一方です。
出血多量・・・看護師は私のところに来ては「また血が出ていますよ、早く病院に搬送してください」と何度も言いました。

私たちは患者をランガマティ総合病院に送る手だてを模索していました。
どうやったら搬送できるだろう?
外出禁止令が出され、ベドベディ側もアサンバスティ側も道路は封鎖されています。
私たちは、あちこちの人やオフィス、本当にたくさんのところに掛け合いました。

フェイスブックを通して、モノゴールのミニ病院にけが人がかつぎこまれたというニュースはすぐに広まりました。
大勢の人が電話をくれて、何とか患者を助け出そうとしてくれました。
協力を申し出てくれた人全員にお礼を言いたいです。
中でも、ランガマティ・サダル病院のビノー・シェカ・チャクマ医師には、非常に困難な状況の中救急車を手配してくださって本当に感謝しています。
救急車は、警察と軍にエスコートされてやってきました。
午後9時25分頃、ようやく患者を病院へ送り出すことができました。
看護師、お手伝いさん、そして治安部隊の皆さま、本当にありがとう。
患者を見送って、深い安堵のため息がもれました。

****

この暴力的衝突が一般の人たちに与えた影響についてのお話をあと二つご紹介したいと思います。
「悪が為されるとき、それを一番よく知るのは被害者である。」という言葉の通りです。

<病気の赤ちゃん>
昨夜、私たちがモノゴール・ミニ病院で重症の患者と不安な一夜を過ごしていたとき、ランガパニ村から一人のお母さんがやってきました。
彼女の2、3歳くらいの娘は具合が悪そうで、ひたすら泣いていました。
もどしてしまったのを見て、お母さんはとても心配そうにしていました。
お母さんによれば、夕方赤ちゃんを病院に連れて行こうとしていたときにベドベディで衝突が起きたのだそうです。
そのため赤ちゃんを病院に連れて行くことはできませんでしたが、具合がどんどん悪くなってきたので、モノゴール・ミニ病院に連れてくることにしたということです。
看護師はお母さんにいくつか質問をすると、薬を赤ちゃんに与えました。
しばらくして、お母さんはほっとしてモノゴールから帰っていきました。

<夜明けに産気づいた妊婦さん>
外出禁止令が出ているため、昨夜は家に帰らずモノゴールに泊まりました。
ニッシャン(※モノゴールのスタッフ)と私は同じ部屋で寝ました。
午前3時半頃、ニッシャンの電話が鳴りました。
彼のお母さんが、ベドベディで産気づいた人を助けてほしいと言ってきたのです。
なんという状況でしょう!なんとしても妊婦さんを病院に送らなければなりません。
ニッシャンはすぐにランガマティのお医者さんやあちこちに電話をかけはじめました。

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左がアショク氏、右がニッシャン氏

深夜だったので、当然みんな寝ていました。
ラッキーなことに、昨夜けが人につきそってランガマティ総合病院に行ったモノゴールの同僚が2人、まだ病院にいました。
ニッシャンは2人に、救急車をまわしてくれるよう頼みました。
方々探し回ってなんとか1台つかまえることができましたが・・・でもどうやってベドベディに行ってもらおう?
運転手はベンガル人で、チャクマ人の村であるベドベディに行くのをこわがっていました。先住民族vsベンガル人・・・なんというジレンマ!
運転手は昨夜もチャクマの村には頑として入ろうとしませんでした。
ニッシャンは電話で、安全は保障するから何とか行ってくれないかと頼んでいました。
運転手はニッシャンを信頼したようでした。
ニッシャンはベドベディの誰かに、気象庁の事務所前で救急車を出迎えるよう頼んでいました。

陣痛の前では、ベンガル人もチャクマ人も関係ありません。
陣痛が始まったのなら、外出禁止令だって関係ないのです。
ホルタルも外出禁止令も陣痛を止めることはできません。
私は妊婦さんの痛みを想像しました。早く救急車が来てくれますように!

しばらくして、救急車のサイレンが聞こえてきました。
ベドベディの待ち合わせ場所に到着したようです。
そこから運転手はニッシャンに電話してきました。
運転手は妊婦さんを乗せ、病院に向かいました。
もう小さな天使は産まれたのかな・・・まだわかりませんが、妊婦さんが病院に運ばれたということにとても安心しました。
この件はニッシャンと彼のネットワークのおかげでなんとかなりましたが、もしニッシャンがいなかったらどうなっていたのでしょう?
ランガマティだけでなく、バングラデシュ全土で、妊婦さんは何十万人も何百万人もいるでしょう。
彼女たちは大丈夫なのでしょうか?
こんな緊急事態のとき、彼女たちはみんな救急車をつかまえられるのでしょうか?

最後に、私はこの救急車の運転手に感謝したいと思います。
彼は、人間の思いやりというのは民族に左右されるものではないということを証明してくれました。


※その後、赤ちゃんは無事産まれ、チャクマ語で「光と希望」を意味するジュニちゃんと名づけられたそうです。

抄訳・竹中
2015/01/17 Saturdayauthor: JummaNet サイト管理者

1/9抗議デモの模様

事務局の竹中です。
1/9(金)、ナニアチョル襲撃事件を受け、急きょ在日ジュマの人たちで抗議デモが企画されました。
当日は渋谷駅に集合し、国連大学まで抗議デモを行い、その後国会議員への陳情組とバングラデシュ大使館前でのデモ組とに分かれました。
共同代表のトムと一緒に参加してきましたので、その際の模様をお伝えします。

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朝10時、渋谷駅前に続々とジュマの皆さんが集合してきました。
平日の日中、しかも急な呼びかけだったようで、どれくらい集まるのか少し不安でしたが、
20人を超える皆さんが集合しました。

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国連大学前に到着。
国連大学ビルには、様々な国際機関の日本事務所が入っており、ビル前広場ではよく抗議デモが行われています。

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1人づつ、今回の事件やチッタゴン丘陵地帯への思いを語ります。

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デモといっても騒ぎ立てるのではなく、静かで整然としたジュマの人たちらしい抗議行動が印象的でした。

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国連大学の方に、抗議デモの趣旨を説明し声明文を手渡しました。

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国会議員にも、襲撃事件のこと、チッタゴン丘陵地帯の問題を伝え、声明文をお渡ししました。
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目黒の在日バングラデシュ大使館前でも。
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遠く離れた日本で生活していても、ジュマの人たちの故郷を思う気持ちの強さと仲間同士の団結力をひしひしと感じました。
「参加してくれてありがとう」と何人もの方に言われ、もっと何かできればいいのにと力不足を悔しく思いました。

事務局・竹中
2014/12/13 Saturdayauthor: JummaNet サイト管理者

【現地通信員ブログ】ジュマの人たちの食事

みなさんこんにちは!
現地通信員としてこちらの様子をお届けします田中志歩です。
現在、静岡文化芸術大学を休学してチッタゴン丘陵地帯にある「寄宿舎学校モノゴール」で日本語ボランティアとして働いています。

お元気ですか?
子どもたちは現在進級試験。9年生や10年生の中には12時を過ぎても一生懸命に月明かりと懐中電灯の光で勉強する子供たちがモノゴールの中でもあちらこちらで見かけることができます。
バングラデシュの新年は4月。のため、日本のように1月にお正月の準備を行うこともなく年の瀬も普段と変わらずに過ごすそうです。
モノゴールの子どもたちは、試験が終わったら実家に1か月帰るのですが
オフィスの職員さんたちは普通に仕事をするそうです。
丘陵地帯の先住民族の中には、パンクワ民族・ボン民族・ルシャイ民族をはじめとして
クリスチャンの人々もいるので、クリスマスに向けて楽しみにしている生徒たちはいます。

今日は、丘陵地帯の食べ物について紹介していきたいと思います!
バングラデシュ!と聞くと多くの人が思い浮かべるのが「カレー」
しかし、ここ丘陵地帯に住んでいる先住民族の人々が食べているおかずは少し違います。
丘陵地帯に住む先住民族の人々の料理は11民族いますが、みんな味付けはよく似ています。
少しずつ違いはあるのですが、魚ペーストの「ナッピ」と呼ばれる調味料で味付けをします。
少し栄えている町やチッタゴンに近い町、それぞれの県のメインタウンなどで生活している人は「モシュラ」と呼ばれる香辛料(ウコン、ターメリックなどベンガル人が多く食事に用いる香辛料)を使う家庭もありますが、村ではこれらをあまり使う人が少なく
日本人に近い味付けでご飯を食べることが多いです。

モノゴールでは、香辛料を使った料理のほうが少し多い割合で出るのですが
マルマ民族やクミ民族の村で食べたナッピだけのおかずは日本の煮物によく似ていて
懐かしい味がしました。
また、ムスリムの人々が食べない豚肉を食べたり
筍を食べることでも知られています。
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こちらが筍!
ダッカやほかの地域に住んでいる人にとってはあまり目にすることがないようで
筍いいなーと、よくうらやましがられます。筍も煮たり、いためたりと
さまざまに調理されます。
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そして、菜っ葉!
ホウレンソウのお浸しのような味がします。これも魚ペーストの調味料を少し入れて薄味に仕上げます。
バングラデシュでも大根が今旬!大根の煮込みがおいしいです。
また、川がにや川貝などもみんなの大好物!
カニは甲羅つきを歯で甲羅を割って食べます。
甲羅ごと食べている人も少なくありません。私もトライしたのですがさすがに甲羅はあんまりおいしくなかったです。
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貝も、食べ方が変わっていて貝の入り口に口を添えて、息を吸い込みながら
貝の中の身を食べます。結構高等技術!
私ははじめこれができなくってみんなに笑われていましたが何度か練習したら私もできるように!すった瞬間辛い味付けの実が口の中に入ってくるので
辛い物が苦手な方にはあまりお勧めではありませんが、おいしいです。
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そして、おやつ
ピデと呼ばれるこのおかしたちですが、お米からできています。
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揚げたものや、蒸したもの、バナナの皮でつつんだものや、焼いたもの
ココナツが含まれていたり、はちみつが入っていたりとさまざまですが
とってもおいしい!地元もひともみんな大好き。
また、甘いもち米をココナツと一緒に混ぜたご飯もよくおやつとして食べられています。
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まだまだ、紹介しきれていない料理もありますので
また、第2弾として紹介したいと思います。
今回の料理は、主にクミ民族の料理を紹介しました!
私も帰国までにたくさん料理を覚えたいです。

現地通信員・田中志歩
2014/10/23 Thursdayauthor: JummaNet サイト管理者

【現地通信員ブログ】モノゴール・クリーンキャンペーン

みなさんこんにちは!
現地通信員としてこちらの様子をお届けします田中志歩です。
現在、静岡文化芸術大学を休学してチッタゴン丘陵地帯にある「寄宿舎学校モノゴール」で日本語ボランティアとして働いています。

日本ももう寒いころだと思いますが皆さんお元気でしょうか?
ここ、丘陵地帯も今月に入って朝晩冷え込むようになりました。
10月6日からモノゴールにスイスのお坊さんが滞在していますが先日モノゴールクリーンキャンペーンが行われました。その時の様子をお届けいたしますね。
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バングラデシュを訪れたことのある人はご存知だと思いますが
都市も田舎もごみの問題は深刻で、あちらこちらにごみをポイ捨て、下水施設は整っていないから使った水はどこにでも流してしまう。
環境への負担がいつも心配になります。
ここ、モノゴールでもごみ箱は設置されてすがポイ捨てはまだされており
あちらこちらごみでいっぱいです。

スイスから来たお坊さんはごみ問題に対して関心があり、毎回モノゴールを訪れるたびにクリーンキャンペーンを行っているそうです。

この間は、学校がおやすみの土曜日を使って1日がかりで総勢600人以上の生徒そして
モノゴールスタッフ全員で掃除を行いました。
校庭、公社、寮、給食室、オフィスとそれぞれの持ち場に分かれた子どもたちが一生懸命に掃除を行います。
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朝7時からまず外の掃除、広い敷地を持つモノゴールですが、600人を超える人数で清掃に取り掛かかれば3時間あれば外側の掃除は終了。
いつもより遅い朝御飯を食べて、休憩

12時から再度今度は建物の中の清掃がスタートしました。
まず、寮の中にあるすべてのものを外に出して天日干し
ベッドも、ふとんも、机も椅子も。ぎーぎーと、外に引っ張り出す音があちらことらから響き渡ります。
普段布団を干すことが少ないモノゴール。
女の子たちは髪にシラミがわいたりするので、シラミ予防にも定期的に布団は干すようにしようね。とのこと。

3時までがんばった生徒たちには待ちに待ったおやつ!
普段は2食のモノゴール。昼ご飯はないのでみんなおなかをすかせます。
バナナとパンをもらった子供たちはとっても嬉しそう!
がんばってよかったーと、みんな笑顔でした。
最後は7時からのお楽しみの発表会
この発表会ではモノゴールの9年生たちが自分たちで行っている劇団で
片づけをテーマにした劇が行われました。
チャクマ語での劇では、片づけをすることの大切さを劇で楽しく伝え始終笑いが絶えませんでした。
環境に配慮した取り組みはまだまだなバングラデシュですが
こういうすこしずつの取り組みが少しずつ現状を変えるきっかけになればいいなと思います。

現地通信員・田中志歩
2014/08/21 Thursdayauthor: JummaNet サイト管理者

ジュマ(エスニック)料理はスパイシー??


運営委員の早見です。
ジュマ料理や他のエスニック料理はスパイシーって私達は思ってるのではないでしょうか。。。私はそう思ってました。

日本人が作るエスニック料理がかなりスパイシーなんだと気付く様になったのは、最近です。

ベンガルの友達と南アジアの料理の会に参加した時の感想が「日本人スパイス沢山使うネェ。。」でしたが、その時は20種類のカレースパイスセットなどが販売されているので、種類を多く使うとの事だと思いました。
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ジュマ・ネットのカレー作りで使ったスパイス各種

ジュマ料理は臭い!辛い!でもとてもスパイシーで美味しい!!と思ってました。

子供の頃、4時間目の体育の時間校庭に漂って来る近所のお家でくさやを焼いている匂いが苦手でしたが、大人になり、まさかナンプラーなどの臭い調味料が好きになり自分でも料理に使う様な事になるとはビックリです。。。

ナンプラーの蓋を開けたらあのくさやを焼いている時に漂って来た匂いと同じだなんて!!おどろきました!

以前ボイサビ料理を作ってる時にカピを沢山入れて、セカさん(在日ジュマの男性)に
「そんなに入れますか。。?」と言われ
「だって沢山入れたほうが美味しいでしょう?!」
「美味しいけど日本人は嫌いでしょう?」
「ボイサビに来る人は皆大丈夫だよ!!」と答えた事があり
「ジュマ人にカピ入れ過ぎと言われたぁ」そしたら他の人が「ジュマ料理に慣れたんだネェ!!」言ってくれましたがその頃から段々とスパイスの量も多くなったのかと思います。

そしてグローバル・フェスティバルで販売していたゴンドーピタパンを会場に見えたノイロンジョナさん(在日ジュマの女性)に召し上がって頂いた時にも「ちょっとマサラが強いけど美味しい!!」との感想を頂きました。

え~ぇマサラが強い???
だってマサラやカピ(ナピ)を効かせなきやジュマ料理にならないのでは?と思いましたが、そう!!彼女の作るジュマ料理は優しくて洗練されたお味なのです!!
そしてジュマの男性達のお料理とは違い独特のスパイス使いをされています。
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             バングラデシュのスパイス屋さん

ジュマ・ネット名物???のチャイにはかなりのスパイスを使ってスパイシーに作っていました!!
使い過ぎかと言った位に使ってました。まぁ、これはこれで美味しいチャイだったかなとは思いますが。。。

今年のボイサビ料理を作ってる時に普段ジュマ・ネットの料理会などで作る時にかなりスパイシーな香りが廊下まで漂うのに、その香りが感じられなかったので、他の人と何時もの香りがしないネェと話していて、二人でスパイス足りなくないの大丈夫?!と聞いたらOK! だと言うのです。。

出来上がったらホント美味しかったです

そして何時もは男性が作るワイルドな料理が女性だと繊細になるネェと今回は言われてましたが、そうでしたネェ。

ノルモダさんやジュディさん(在日ジュマの女性)のお料理は家のお母さんのお味と言った感じかな。

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種類豊富なジュマの家庭料理

スパイスはあまり使わず唐辛子や塩だけやカピを少し加えたりだけの料理もあり美味しいです!!
普段のご飯になるのでしょうネェ

これからはスパイシーなジュマ料理などやエスニック料理もスパイスばかりに頼らず作ってみたいと思います!!

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運営委員・早見英子
2014/08/09 Saturdayauthor: JummaNet サイト管理者

Life is still not ours

事務局の竹中です。
2012年にリリースされたチッタゴン丘陵問題のドキュメンタリー映画が、
全編Youtubeでご覧いただけるようになりました。


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タイトルは、"Life is still not ours -a story of Chittagong Hill Tracts"。
Lifeには、生命・人生という意味のほか、命のようにとても大切なもの、という意味もあります。
  先祖代々暮らしてきた大切なこの地は、まだ私たちの手に取り戻せていない。
  だから私たちも、本当の生を全うできていない・・・。
タイトルには、そんな思いが込められているように思います。

このタイトルはまた、
チッタゴン丘陵委員会の報告書にちなんでつけられています。
報告書は、チッタゴン丘陵で起きている人権侵害と土地問題について、4回にわたって出されています。
報告書が出たのは、1991年から2000年にかけて。
映画が出たのが、2012年。
報告書から10年以上が経っているのに、「まだ」チッタゴン丘陵はジュマの手に取り戻せていない、という意味も込められているのです。

映画監督は、Arnab Dewan氏。
若いチャクマ人の男性です。
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左がDewan氏、右はジュマ・ネット共同代表の下澤。2014年3月ダッカにて。

3月の出張の際、監督にお会いして色々とお話をうかがってきました。
チッタゴン丘陵のランガマティに生まれ、大人になってからは海外で教育を受け仕事をして、チッタゴン問題を国際的な視点から見てきました。

「チッタゴンで起こっていることを知ってもらうためには、映画が一番の方法だと思いました。私はこの問題について書かれた本をたくさん読みましたが、本を読んで理解するには時間がかかります。
チッタゴン丘陵問題は、過去に遡る根の深い問題です。
だから私は、この問題を若い人たちに知ってほしいのです。
ベンガル人とジュマとの対立、利害関係、偏見、そういうものに染まっていないがゆえに中立の、若い人たちに。」


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映像がとにかく美しい映画です。
様々な人たちのインタビューと、図やイメージを多用した歴史的経緯の解説とが、
経糸と横糸のようにストーリーを紡いでいきます。
随所に織り込まれる、緑深いチッタゴン丘陵の風景。
そしてジュマの人々のどこか憂いのある笑顔。
映像が美しければ美しいほど、胸を締め付けられるような思いがしました。
ぜひ一度ご覧ください。

Life is still not ours


事務局・竹中

2014/07/29 Tuesdayauthor: JummaNet サイト管理者

【現地通信員ブログ】トンチョンガ民族のお宅より

みなさんこんにちは!
現地通信員としてこちらの様子をお届けします田中志歩です。
現在、静岡文化芸術大学を休学してチッタゴン丘陵地帯にある「寄宿舎学校モノゴール」で日本語ボランティアとして働いています。

チッタゴン丘陵地帯には11の先住民族が暮らしていますが
今日はトンチョンガ民族のご家庭の様子をお伝えしますね!

チッタゴン丘陵地帯はカグラチョリ県、ランガマティ県、バンドルバン県の3つの県から構成されていて、ランガマティ県の主要民族はチャクマ民族
モノゴール周辺に暮らしているのもほとんどがチャクマ民族です。
普段の暮らしの中で接しているのがチャクマ文化なので、初めてのトンチョンガ文化
今回は日本語シニアクラスの学生ソリラさんが暮らすおうちへおじゃましてきました。
ソリラさんは去年から日本語クラスを受講していて
今年も継続して熱心に勉強を頑張っています。
会話の節々で出てくる日本語。
ベンガル語とチャクマ語と日本語のミックスでの会話を楽しんでます。

トンチョンガ民族はチッタゴン丘陵地帯の中で3番目に人口のおおいコミュニティ
そして、1番目に人口の多いチャクマ民族の母語チャクマ語とトンチョンガ語はそっくり!
これを知ったときはびっくりしました!
見た目も言葉もそっくりなので、なかなか区別が私にはつかないのですが
言葉も、発音の仕方がちがったり
少しずつ食べるものがことなっていたり
また、民族衣装もチャクマ族とは異なってるため
違う文化なんだなあと、感じることができます。
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ソリラさんと世間話をしていると
親せきのおばちゃんが、トンチョンガの民族衣装を着せてあげるからおいで~と。
チャクマ民族の民族衣装は巻きスカートで「ピノン」といい
「カディ」と呼ばれるスカーフとセットにして着るのですが
トンチョンガ民族の民族衣装も巻きスカート型の「ピノン」と「カディ」を着るのは同じなのですが、これに加えて帽子、ベルト、上着があり
これらを全部セットで着ると「トンチョンガ民族の正式衣装」となります。
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私が全部作ったのよ。と、言いながら着つけてくれたおばちゃん。
どれも、自分で織って、さらに刺繍を入れてと手の込んだ作業
今では、お店に行って服を選んで買ってという流れが当たり前の日本
安い洋服もいっぱいあるし、ファストファッションなんてことばもあるけど
こうやって、自分で着る服を自分で作って長く着るほうが服に対しても愛着がわくよなあと
いつも考えさせられます。
タンスの中にいっぱい服があることよりも
お気に入りの服が4、5着ある暮らしのほうがいいなと。
バングラデシュに暮らしてからそう思うようになりました。
着付け終わると、みんなが「似合う!似合う!トンチョンガだ!」
と、絶賛?してくれたので鏡を見ると
確かに、普段から先住民族そっくりと言われますが
より一層トンチョンガになったなあと。
ソリラさんのご家族と楽しい時間を過ごすことができました。


現地通信員・田中志歩


2013/12/28 Saturdayauthor: JummaNet サイト管理者

黒いバラの絵

今月からジュマ・ネットのスタッフになりました、竹中奈津子と申します。
一から勉強の日々です。どうぞよろしくお願いします。



ちょうど去年の今頃、奨学金支援をしているモノゴールの子どもたちから、素敵なお便りがとどきました。
二つ折りの画用紙の表には「Happy New Year」のメッセージ、内側には思い思いの絵を描いてくれています。

先生が、「みんながどんなところに住んでいるのか教えてあげましょう」と言ったのでしょうか。
緑の山に青い川、空には鳥が飛んでいて、オレンジ色の太陽が輝いている絵が多くありました。
子どもたちがそこではつらつと遊んでいる様子が目に浮かんでくるようです。

一枚一枚、ほほえましく眺めていましたが、ある一枚の絵にどきっとしました。
カラフルな他の子どもたちの絵に混じった、真っ黒なバラの絵。
大きなバラと小さなバラが寄り添うようにあり、周りには影が描かれていました。


心に大きな傷を抱えている子は、絵を描くのに明るい色を使わないのだそうです。
それは聞いたことがあったけれど、いざ目の当たりにすると、胸が締め付けられました。
先輩スタッフに聞いてみると、この子は襲撃事件でお父さんを殺されたのだそうです。
絵に添えられていた顔写真も、一人だけこちらを見ずにうつむいています。


彼の心には、青い空も明るい太陽も映らないのかもしれません。
大きなバラと小さなバラは、お父さんと彼なのでしょうか。


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私たちにできることはほんの小さなことかもしれません。
でも、もし彼に会うことができたら、「きみのことを思っている人が日本にもいるんだよ」と伝えたい。
彼が色とりどりの絵を描けるようになることを願っています。


事務局スタッフ
竹中
2013/05/13 Mondayauthor: 現地通信員 渡部清花

モノゴールの子どもたちの一日密着レポ!

こんにちは。ジュマネットの現地通信員の渡部清花です。

今日は、私が現在滞在している、少数民族の子どもたちのための寄宿学校「モノゴール」についてです。
ジュマネットが支える18人の子どもたちも、ここで学んでいます。


モノゴールは1974年にお坊さんたちによって設立されました。
現在の生徒数は、敷地内に併設されている寮に暮らす生徒が523人、外から通って来る生徒が551人の計1074人です。
文化的、民族的に多様なチッタゴン丘陵地帯。
この学び暮らせる学校にも11の少数民族コミュニティー出身の生徒が在学しています。

寮には寮母さんもいますが、上の学年の子が小さい子の面倒をみたり相談にのったり、いろいろな学年の子が混ざって遊んだりと、女の子の寮も男の子の寮も、笑い声が絶えずとてもいい雰囲気です。


モノゴールの寮に暮らしながら学校で勉強する生徒たちの一日を書きますね。

朝は4:30に起き、モノゴールの校歌を歌ってから、歯磨きをし、勉強をします。
そのあとは、みんなで寮の掃除をし、シャワーを浴び、朝ごはんです。
朝ごはんが終わると、学校の準備をし、朝の朝礼へと向かいます。
10時。ここで、通いの生徒と合流し、今度はみんなで国歌を歌います。
それから、それぞれの授業へ。
1年生と2年生は、12時で授業が終わります。
それ以上の学年は、お昼休みで、クリケットをしたり友達と遊んだり話したり。
16時にはすべての学年の授業が終わり、通いの生徒は帰宅します。
寄宿生は、外で遊んだり絵を書いたり本を読んだりと好きなことをして過ごします。
17時の夜ごはんのあとには、毎晩お祈りの時間があります。
19時からは21時までは勉強タイム、そして就寝です。


写真は、夜の勉強タイムにお邪魔したときのこと。
「この時間に、授業中にわからなかったことを友達に聞いたりみんなで考えたりできるんだ!」と6年生の女の子が教えてくれました。

「丘陵地帯のみんなの家」という意味の「モノゴール」。
ここでは民族や年齢を超えてみんなが家族のようです。


バングラデシュ、チッタゴン丘陵和平協定の実施と平和を求めて署名キャンペーンを行なっています。★オンライン署名サイト⇒http://cht-global-voices.jp/

送信者 The appeal of implementation of the CHT Peace Accord, 19th Dec 2009

この和平協定実施の署名キャンペーンの締め切りが近付いて来ました。これまでに、世界にちらばるジュマ民族たちと、国際的な人権団体などが動き出し、ようやく世界キャンペーンらしくなって来ました。

この問題に関わる著名な人達も多く賛同や署名をしてくれ、和平協定の実施の必要性とあたり前の平和を求める気持ちに多くの人が共感してくれています。しかし、署名の数は、現段階で約5,600ほどと、目標にはほど遠い状態です。

せっかく、国際的な協力の連帯が出来てきたところです。2月には予定通りにバングラデシュ政府に署名を提出するために調整をしています。国際社会の市民の声として、インパクトを与える為にも、まだまだ頑張って数字を延ばしたいところです。

海 外でも、Survival InternationalやWorld Rainforest Movementのような巨大なNGOが広報の協力などをしてくれることになっています。また、バングラデシュ国内でも、ジュマの人達が中心になって署名 を集めています。日本国内でも、最後まで諦めずに、署名を少しでも多く集めたいと思います。

どうか、皆様のご協力をよろしくお願い致します。オンライン署名が可能ですので、MLへのメールの転送や、メールニュースやウェブサイト等への掲載、などどうか皆様からも、再度の呼びかけ(リマインド)を宜しくお願い致します。

ま た、紙による署名も受け付けております。署名用紙や、解説付きの黄色いパンフレットもございます。これを配布して頂ける方は、ぜひジュマ・ネット事務局ま で必要数をご連絡頂ければ、直ちに用紙をお送り致しますのでどうぞお気軽にお問合せください。(ウェブからもダウンロードできます)

どうかよろしくお願い致します!(ジュマ・ネット一同より)


  【転送歓迎】 ぜひご署名をよろしくお願い致します
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   バングラデシュ、チッタゴン丘陵(CHT)和平協定の実施と
       平和をを訴える世界同時キャンペーン
   Global Voices for Peace in the Chittagong Hill Tracts !
   オンライン署名はこちらから⇒http://cht-global-voices.jp/
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<賛同人・Mairead Corrigan-Maguireさん
(北アイルランド ノーベル平和賞受賞者)からのメッセージ>


30 年以上の武力紛争で苦しんできたジュマ民族は正義と平和を深く望んでいます。それは当然の権利です。このため首相、政府、全紛争当事者が1997年チッタ ゴン丘陵和平協定への重要な取り組みを推進し、持続させることを願っています。チッタゴン丘陵における平和の実現は、チッタゴンやバングラデシュの人々だ けでなく、世界中の人々に平和が可能だという希望を与えるでしょう。


<賛同団体・女性のエンパワーメントと持続可能性のための協会-SHRISTI
 会長、クリシュナ・クマリ・ワイバさんからのメッセージ>


バ ングラデシュ政府の和平協定実施への取り組みを歓迎いたしますが、今も続くバングラデシュのジュマ・コミュニティーに対する人権侵害に強く反対いたしま す。同時に一日も早く先住民族の権利および女性と子供の権利を回復させ、和平プロセスをしっかりと政策に組み込み、「公正な社会」を実現するよう要請いた します。

※オンライン署名サイトから、賛同人9名と、これまでの署名者から寄せられた
 メッセージを読むことが出来ます。⇒http://cht-global-voices.jp/
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<問題のあらまし> ジュマ・ネット代表 下澤嶽より

バングラデシュ、チッタゴン丘陵の民族対立と紛争はすでに30年近い時間が経とうとしています。1997年に政府とジュマの間で和平協定が結ばれたにもかかわらず、いまだに協定は実施されず、アジアの慢性的な紛争の典型例となっています。

しかし、2008年12月の選挙でマニュフェストに「和平協定の完全実施」を掲げていたアワミ連盟が勝利して与党として政権に返り咲き、大きく風向きが変わりました。

さらに2009年8月には、チッタゴン丘陵から軍の撤退が一部実現するといった、平和構築につながる動きが徐々に見られるようになってきたのです。
とは言え、人権侵害や土地紛争など問題は山積しており、予断を許さぬ状況です。
一番の焦点は、バングラデシュ政府軍がここの利害関係から手を離せるかです。

そのために国際的な関心の喚起と、声(ヴォイス)が必要です。いま、チッタゴン丘陵はその課題の取り組みの歴史の中で、平和構築に向けた最大のチャンスを迎えつつあります。

ぜひ皆さんのヴォイスを出してください。それをバングラデシュ政府とバングラデシュ政府軍、そしてバングラデシュの市民の良心に届けましょう。
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<参考リンク> 
朝日新聞2009/12/24 国際面『紛争地に和平の兆し 新政権、軍の一部撤退』
http://www.asahi.com/international/update/1224/TKY200912240001.html

<チッタゴン丘陵(CHT)問題について、初めて聞く方へ>
CHT問題とは、和平協定とは⇒http://www.jummanet.org/cht/

<オンライン署名サイト>
●以下のサイトからぜひ署名をよろしくお願い致します!
 様々な国から、署名とメッセージが寄せられています。
・日本語:http://cht-global-voices.jp/
・英 語:http://cht-global-voices.com/

<現在の署名数>
オンライン署名:3,600(1/17現在) 
紙による署名(バングラデシュ):約2,000 
合計で約5,600名(当初の目標は10万人でしたが、何とか1万を越したいですね)

<署名集約と提出予定>
署名しめきり(郵送の場合):2010年1月31日必着
署名しめきり(オンライン署名):2010年2月7日頃
提出時期:2010年2月中旬

●以下のシェイク・ハシナ首相への要請にご賛同いただける方は、ぜひ
こちらからご署名をよろしくお願い致します。
http://cht-global-voices.jp/(オンライン署名)
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<要請文>

バングラデシュ人民共和国首相 シェイク・ハシナ殿

「CHT和平協定の完全実施を求めます。」

CHT和平協定の中で約束された、全ての土地紛争の解決、仮設駐屯地の撤退、県評議会・地域評議会への行政権の委譲、帰還難民と国内避難丘陵民の生活再建が、時限つきの工程表のもとで完全実施されることをバングラデシュ政府に要請します。


<呼びかけ団体>

・ジュマ・ネット(日本)
・Organising Committee Chittagong Hill Tracts Campaign(オランダ)
・Indigenous Jumma People's Network USA (アメリカ)
・Jumma People's Network of Asia Pacific Australia(オースト ラリア)

<賛同人>(現15名)
・Mairead Corrigan-Maguire, 1976 Nobel Peace Prize Laureate,
  Co-founder of the Community of Peace People
(北アイルランド 1976年ノーベル賞受賞者)
・The Hon. Laurie Ferguson MP, Federal Member of Reid (NSW),
  House of Representatives, Member of the Australian Labor Party (ALP)
(オーストラリア 労働党 国会議員)
・茂田 真澄(勝楽寺 代表役員)
・池田 香代子(翻訳家)
・阪口 直人(民主党・衆議院議員)
・服部 良一(社民党・衆議院議員)
・Mohiuddin Ahmad, Chairperson, Community Development Library
・The Hon. Senator Bob Brown, Leader of the Australian Greens
(オーストラリア 緑の党 党首)
・The Hon. Janelle Saffin MP, Federal Member for Page,
  House of Representatives,Member of the Australian Labor Party (ALP)
(オーストラリア 労働党 国会議員)
・Ricardo Carrere, International Coordinator, World Rainforest Movement
(世界熱帯林運動 国際コーディネータ)
・Marcus Colchester, Director, Forest Peoples Programme
(森林に住む民族のためのプログラム 事務局長)
・Michael Heyn,Director, CHT Development Facility of UNDP(UNDP-CHT事業責任者)
・Meghna Guhathakurta, Executive Director, Research Initiatives, Bangladesh
・The Hon. Lee Rhiannon, MLC, The Greens Parliament of New South Wales
 Australia(オーストラリア、ニュー・サウス・ウェールズ州議会上院議員)
・Dr. Sikder Monoare Murshed (Shourav Sikder), Professor and Chairperson
  Dept. of Linguistics, University of Dhaka(ダッカ大学言語学部長・教授)

<賛同団体>(現49団体)
・Association for Land Reform and Development (ALRD)
・Jumma Peoples Alliance (JPA)
・Jumma Peoples Network International
・Jumma Peoples Network in Japan
・Peace Campaign Group India
・Society for Environment and Human Development (SEHD)
・Survival International
・Vanishing Rites , UK
・New Internationalist Japan 
・Sarawak Campaign Committee 
・アジア女性資料センター(AJWRC)
・アーユス仏教国際協力ネットワーク 
・開発と権利のための行動センター
・「環境・持続社会」研究センター(JACSES) 
・認定NPO法人アジア日本相互交流センター・ICAN 
・NGO自敬寺
・市民外交センター 
・ジュマと歩む会
・浄土宗西山禅林寺派 宝泉寺
・先住民族の10年市民連絡会
・チェチェン連絡会議
・NPO法人懐かしい未来
・FoE Japan
・インドネシア民主化支援ネットワーク
・宗教法人孝道山本仏殿
・社団法人アムネスティ・インターナショナル日本
・ビルマ市民フォーラム
・(特活)シャプラニール=市民による海外協力の会
・(特活)アジアキリスト教教育基金
・(特非)地球の木
・(特非)WE21ジャパン
・(特非)WE21ジャパンかなざわ
・(特非)WE21ジャパンいずみ
・(特非)WE21ジャパン旭
・(特非)WE21ジャパン大和
・(特非)WE21ジャパン港南
・反差別国際運動(IMADR)
・反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)
・生活クラブ生活協同組合・東京
・(社)日本キリスト教海外医療協力会(JOCS)
・Asian Muslim Action Network
・Youth Coordination Center International
・Asian Muslim Lawyers Network
・Dependent Origination Society (DOS)
・Bangladesh Indigenous Peoples Forum
・AJHA International Chakma Organisation in France
・Jumma Peoples Network France
・Society for Women's Empowerment and Sustainability-SHRISTI (Nepal)
・SampreetiMancha
(順不同・以後追加予定)

現在署名者数 約5,600名(1/17現在、オンライン署名と紙の署名の合計)

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<キャンペーン事務局・お問合せ・署名送り先>
 ジュマ・ネット事務局(担当:佐藤・松田)
 〒110-0015東京都台東区東上野1-20-6丸幸ビル5F
 TEL&FAX:03-3831-1072(火曜~土曜10時~18時)
 Email:jummanet@gmail.com 
 URL:http://www.jummanet.org/
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2009/06/05 Fridayauthor: 副代表 木村真希子

国連の先住民族会議に参加してきました(3)

バングラ出張報告のフルーツ、おいしそうですねcatfaceそういえば、私が留学していたデリーもこの時期は暑くて何もできないのですが、唯一の楽しみがマンゴーでした。朝も昼も晩もマンゴーとヨーグルトで食事を済ませていたような気がします。

大学で非常勤講師をするようになってから、この時期にインドに行けなくなって、おいしいマンゴーが食べられないのはちょっとさみしいですdespair

さて、国連会議報告の続きを。

2007年9月に「先住民族の権利に関する国連宣言」が国連総会で採択されました。先住民族の人たちにとっては非常に重要な土地権や資源権、自決権などが確立された重要な宣言なのですが、実際に国家や国民の人たちが理解し、実行しようと思わなければなかなか目に見える成果となって表れてきません。

アジアの多くの国では、宣言の影響が多少なりとも目に見えているのはネパールや日本など、ごくわずかです。みんな深刻な人権侵害や貧困など抱えていて、それをどうにかする手がかりを求めて国連にやってきます。そのため、宣言実施に関する話し合いは今回のフォーラムでも非常に重要なテーマとなっていました。

下の写真は、人権理事会に任命された先住民族の権利に関する特別報告者ジム・アナヤ氏とアジアの先住民族の会合の際のものです。法律の専門家とこうして会合を持って、アドバイスをもらうのも重要な活動の一つです。

 

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CHTから来た人たちは、やはり和平協定の実施をどのように進めるかを国連宣言実施のプロセスと重ねて、模索しているようでした。下の写真は、CHTからの参加者お二人と、アジア・コーカス夕食会で撮ったものです。

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左はゴータム・チャクマさん、真中は筆者、右がムリナル・カンティ・トリプラさん

一週間でしたが、いろんな事を学び、刺激を受け、そして勇気づけられました。国連に行っても劇的に状況が変化するわけではないのですが、それでも参加し続けたいと思うのは、やはり他の国でも困難に直面しつつ頑張っている人たちの存在に励まされ、学び、頑張ろうと思えるから。来年も参加できるといいな。

 

2009/05/13 Wednesdayauthor: Midori

ヘンゴロンとmixi(ミクシー)と腰織り機

今さら?と言われそうですが、mixiに入りました~。smile
私が入ったわけではないのですが、、、ジュマ・ネット事務局アカウントを作りました。
もし、mixiユーザーの方がいたら、プロフィール見に来て下さいね~。良かったらマイミク申請してください。happy01
試しに、mixiに動画をアップしてみました。動画の内容は見てのお楽しみheart01ということで。

mixiユーザー以外の方にも見て頂ける動画をYouTubeにアップしてみました。
チッタゴン丘陵地帯のジュマの女性の織物の紹介です。



カグラチャリ県の村でマルマの集落に行ったときに撮らせてもらったものです。
チッタゴン丘陵でも先住民族の女性たちは、腰織り機(バックストラップ織り)と呼ばれる織り機で伝統的な織物をします。11民族、各民族には、それぞれの民族衣装があり、それぞれ独自の織りや柄があります。家の軒先などに、この織り機を下げて女性たちが織物をします。
大きさや織りの種類、また織る人の熟練度によってだいぶ差があると思いますが、女性が身に付ける織物で1週間くらいかかるそうです。足をつっぱって腰で支えているので、(やったことはありませんが)力が要りそうですね。この織り機は持ち運びに便利なので、どこでも織ることが出来、またそれを売って現金収入を得ることが出来ます。ディギナラの帰還難民の仮設住宅(元小学校)へ行った際に、やはり中庭で女性が織物をしていたのを覚えています。

このバックストラップ織りは、アジアや中米など広範囲で現在も行なわれているようです。詳しくは、これを見てください。
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