2015/03/18 Wednesdayauthor: JummaNet サイト管理者

【現地通信員ブログ】ハロアガット・ガロ民族の村を訪れて

みなさんこんにちは!
現地通信員としてこちらの様子をお届けします田中志歩です。
現在、静岡文化芸術大学を休学してチッタゴン丘陵地帯にある「寄宿舎学校モノゴール」で日本語ボランティアとして働いています。

もう、2か月も前のことになりますが
クリスマスにダッカから北に8時間ほど行ったところにあるハロアガットという
インドとの国境に位置するガロ民族の村を訪れた時のレポートをします。

私がガロ民族の村を初めて訪れたのは今から約2年前の春
下澤先生に紹介され、アディバシフォーラムの代表を行っているションジップドロンさんの住むダッカの家をはじめ訪れました。
ジュマネットも昔入ったことのあるというガロ民族の村。
どんなところなんだろうと訪れたら、モンゴロイド系の民族がそこにも暮らしていました。
ションジップさんの家族.jpg
ションジップさんの家族

ガロ民族の人たちは自分たちのことをマンディと呼びます。
マンディとは彼らの言葉で「人間」という意味
ダッカからほど近いマイメンシンにもガロ民族は住んでいるのでダッタでもお手伝いさんや警備の仕事をしているガロ民族の人をよく見かけます。
CHT の先住民族の人々ともよく似ているので時々チャクマの人かな?と思って話しかけると
ガロ民族だったなんてことがたくさんあります。
今住んでいるのはCHT。バングラデシュを知るきっかけとなったガロ民族の村にもう1度訪れたいな。そう思っていた時、ションジップさんがクリスマスに実家に遊びにおいでよと誘ってくださいました。
ガロ民族のほとんどはキリスト教徒
25日には大きなお祭りがあるよとのことで
ちょうど、昨年は25日が木曜日だったので26,27日の金曜日と土曜日のお休みとで3連休を使ってハロアガットへと行くことにしました。

チッタゴンに住んでいる日本人のお友達2人もガロ民族の村に行きたい!といってくれ
私たち3人でランガマティから遠く離れたハロアガットへと向かいました。
24日の夜行バスでチッタゴンからダッカへとまず向かうところから旅が始まったのですが
いつもはチッタゴンから乗ると10時に出ると朝の6時にはつくのですが
25日からの連休のためか、大渋滞。朝6時に目覚めた時にバスコンダクターさんから知らされたのはまだあと6時間はかかるよ。とのこと。
本当だったら25日のお昼にはハロアガットだったのに・・・
と、バングラデシュの渋滞のすごさに圧倒されながら過ごすことさらに6時間半
12時半にダッカへやっとの到着。
そこからさらにダッカのバス停に向かい、ハロアガット行きのバスに乗り込んだ時には2時になっていました。

ションジップさんはハロアガットに前日入りしていたので
電話で「今ハロアガット行きのバスに乗れました!」と報告すると
「ええ!?大丈夫?ついたらもう真っ暗だね。お祭り楽しめるかなあ」と言われながら
ダッカからさらに北に北にインドとの国境までバスの旅が続きました。
奥に見えるのはインド.jpg
奥に見えるのはインド

最初聞いたときは6時間とのことでしたがここでも渋滞
ぎゅうぎゅうずめのバスの中7時間北上し、ハロアガットへ着いたのはもう8時を過ぎ真っ暗。
真っ暗で寒いバス停で3人とも、お祭り終わっちゃったね。と残念がっているところに
ションジップさんの親せきの方々がバイクでお迎えにきてくれました。
寒い朝.jpg
寒い朝

真っ暗闇の中バイクに2人乗り、バイクが思ったより早く進むので肌にあたる風が寒くて
寒い寒いと言いながら30分バイクに乗りました。
運転してくれているおじちゃんが
「今はくらいからわかんないけど、右側はインド。国境まであるいていけるよ」
と、言われたので
インドに行ったことあるの?と尋ねると、もちろん!ジャングルパスポートで!
と、言われびっくりしました。
ガロ民族の人の言うジャングルパスポートとはパスポートなしでということです。
日本のような島国ではどう考えてもできないジャングルパスポート
どうやって入国審査するんだろうと思いましたが
陸続きのこの土地ではよくあることなんだろうなあと思いながら
国は違うけどおんなじ民族があんな近くにいるんだものなあとそんなことを考えました。
霧がいつもかかる道.jpg
霧がいつもかかる橋

そうこうしているうちに、ションジップさんの実家に到着。
大変だったでしょうお疲れ様とねぎらわれながらご飯を食べました。
CHTに住む先住民族の人々も豚肉を食べますが、彼らも豚肉が大好き!
豚肉を中心としたごはんをふるまってもらいました。
ランガマティの味付けとは異なる調理の仕方で豚肉を料理。
大きな塊肉を柔らかくなるまで煮込むのがガロ流です。
料理もいっしょに.jpg
料理も一緒に

御飯が終わったところでションジップさんの家族を紹介してもらうと
なんと、半数がインドから来たとのことで。さらにその半数が
ジャングルパスポートでの入国で来ていました。
だから、私がベンガル語で話しかけても子どもたちが反応しなかったんだなあと納得しながら。
住んでいる国は違えど同じ民族の彼らは同じ言葉を使うので最初誰がどこから来たなんてわかりませんでした。
インドから来たこどもたち.jpg
インドから来た子どもたち

昔バングラデシュ側に住んでいて結婚したからインド側に今は住んでて
旦那はベンガル語しゃべれないよ。という人も
インドから来たガロ民族の人たちが、むこうはたくさんガロが住んでてね
今度しほもこればいいよ。と、にこやかに話してくれたことが彼らにとっての国境はあるようでないものなんだろうなあとそんなことを思いました。

私たちは参加できなかったクリスマスのお祭りの様子をみんながたのしかったね~
と、言いながら話していた時
遠くから太鼓の音と歌が聞こえてきました。
みんな、夜中まで近隣の家々を練り歩いているみたいでその一団がションジップさんの家にも登場!
輪になって踊り、歌いみんなクリスマスをお祝い。
おうちの人からはおやつとお茶がふるまわれ、私もすこしはクリスマスを満喫することができました。

2日目は親せきの家めぐりです。
よし!今日は私の実家でご飯食べようといわれ
私がずっとションジップさんの実家だと思っていた場所はションジップさんの奥さんのおうちだったことがそこで発覚!
ガロ民族は母系社会。奥さんの血筋の方々がここには集まっていることが分かりました。
バイクやCNGを家族みんなで貸し切って奥さんの実家からションジップさんの実家までバイクで走ること30分
今日はたくさん食べて行ってね!と歓迎をうけごはんを食べました。
みんなでごはん.jpg
みんなでごはん

ガロ民族の人は伝統的にバナナの木の皮をお皿にしてご飯を食べます
CHTに暮らす先住民族の人々はバナナの木もおかずとしてたべるのでそのことをみんなにいうと、えーそうなんだ!?とびっくりした様子。
何語が話せるの?何の民族と暮らしてるの?豚肉は食べるの?
そんな、質問攻めにあっていると
おじさんたちから手招きをされ、行ってみると
ガロ民族のお酒が!
ガロ民族のお酒.jpg
ガロ民族のお酒

お米を発酵させて作るウイスキーのような感じのお酒なのですこし酸味がきいているのですが、これが濃いこと濃いこと
初めて村に行ったときにジュースかなあと思ってふるまわれたお酒を1口のんだら
口の中が焼けるような思いをしたこのお酒名前が「チュー」と呼ばれていてかわいいです。
チッタゴンに住んでいる日本人のお友達はムスリム文化の中で生活しているため
お酒!すごい!と喜びながらおじさんたちと昼間から1杯
CHTの先住民族の人々もお酒を造って飲むのですがこちらは焼酎のような味で色も白いです
ほろ酔い気分でみんなでご飯を食べダンスを見て1日が過ぎていきました。
まるで日本のお正月.jpg
まるで日本のお正月

バングラデシュには50を超える先住民族が暮らしていますがすべての民族それぞれの暮らしがあり、私もあったことのない民族がたくさんいます。
CHTの先住民族だけではなく他の地域に住んでいる先住民族の暮らしも勉強してみたいなと思いました。

現地通信員・田中志歩