2009年6月 記事一覧
ジュマ・ネットのこれまで(3)
さて、2002年の8月に実施した「ジュマ・ワールド」を簡単にご紹介しました。
ボイサビ、ジュマ・ワールドの成功を受けて、いよいよ勢いづくジュマ・ネットですが、次に取り組んだのは、これらのイベントをつくった仲間で、チッタゴン丘陵を訪問したことです。
たしか11月から12月にかけて、カグラチャリ県、ランガマティ県、バンドルボン県の3県を訪問しました。一緒にいったのは、下澤の他に、今も運営委員の津覇さん、チッタゴンヒル子ども基金のカンさん、今ジュマ・ネットスタッフの松田さんの合計4名でした。ジュマ・ネット副代表のトムさんも参加する予定だったのですが、突然の用事でキャンセルとなりました。
いろいろとチッタゴン丘陵の政治課題の本を読みすぎていたせいで、「かなり危ない戦場」的な勘違いをしていていました。「誘拐される」「銃で撃たれる」といった妄想を持ちすぎで、ビクビクしながらあちこちを訪問していたことを思い出します。結果的に何も問題はありませんでした。この時に会った、PBMのスマナランカ氏と縁があって、その後も一緒に仕事するようになりました。
一番思い出に残っているのが、バンドルボン県のムルーの村を訪れた時です。ジュマの中にもいろいろな人がいること、また静かな生活をしているムルーの人に深く惹かれました。特に男性が耳に花飾りをつけ、緑の櫛をつけているあたりが、神秘的でした・・・・・

カンさんのビデオに見入るムルーの村人たち
6/21 ナガランド報告会・上映会無事終了のご報告
二週続けて他団体のイベント関連で恐縮ですが、6月21日の上映会・報告会のご報告です。
当日は、ジュマ・ネット関係者の方3人を含め、雨の中21人の方が集まってくださいました。
学生さんたちがナガランドの紛争という問題に対して、真摯に取り組んでいる様子が来てくださった方たちにも伝わったようで、参加者の若い学生さんをはじめ、皆さん活発に質問してくださいました。アンケートも、ほとんどの方が記名で答えてくださって、今までのナガ・ピース・ネットワークのイベントの中でも一番いいものの一つになったのではないかと思います。
正直、昨年スタディ・ツアーを企画した際には、帰国後にこれほど学生さんたちが頑張ってくれるとは思わなかったので、うれしい驚きでした。11月にムンバイでテロが起きたこともあって、延期になったりと準備が本当に大変だったのですが、しみじみとやってよかったなと思います。この経験を、今後のジュマ・ネットの活動でも生かせればいいな、と思います。
下の写真は、ツアーに参加した5人の学生さんたちです。ツアーを終えるころには、顔つきもすっかり変わって来ていました。

サマンバヤ・アシュラムの想い出 II
80年代半ば、インド・ビハール州のブッダガヤで、被差別カースト(ダリット)の子供たちのためのガンディー系寄宿舎学校、サマンバヤ・アシュラムに長期滞在した時のことをまた書きたいと思います。アシュラム本部は、お釈迦様が菩提樹の下で瞑想して悟りを開いた場所とされるマハーボーディ(大菩提)寺から歩いて一分の静かな裏路地にあります。門を潜ると、ぼろぼろの紺色のワンピースを着た少女たちが中庭を箒で掃いたり、果樹園からパパイヤの実を運んだりして、楽しそうに働いています。ムサハル(ネズミ喰い)と呼ばれ、大地主の農奴として何世紀も搾取されてきたダリット・コミュニティーの少女たちですが、来客に「ナマステー!」と合掌して元気に挨拶する瞳は、いつも輝いていました。
アシュラムで学ぶ少女たちの中にも、いろんな境遇の子がいたようです。親が養っていくことができず、嘆願して受け入れてもらった子達もいれば、アシュラム卒業生の両親が子供の教育のために進んで託すケースもありました。アシュラムでは、地域で蔓延する幼児結婚の風習を無くすためにも、ちゃんと16~17歳まで勉強を続けるさせるよう家族を説得し、本人たちが望む場合は卒業生同士の見合い結婚のアレンジもしていました。しかし、多くの家族は、娘たちを早く嫁がせて家事や家業を手伝わせる要望が強く、十三、四歳でアシュラムから引き上げて結婚させていました。そのような結婚式の夜は、一晩中、太鼓が鳴り響き、酒に酔った男たちが踊っている姿が見られました。
逆に、家族の理解も得られ、勉強もできる一部の少女たちは、卒業後にアシュラムが経営する村の学校の先生になり、僅かながら給料も得られる場合がありました。ただ、アシュラムは、独自のカリキュラムで教育を行う政府非公認の学校のため、卒業証書は一般の就職には役に立たず、出稼ぎもできない少女たちは村で結婚するしか選択肢はないようでした。何世紀も差別され搾取されてきたコミュニティーの中で、弱いものがさらに弱いものを押さえ込む悪循環を断ち切ることは容易でなく、少女たちが夢見ることのできる未来の展望は広いとは言えませんでした。そのような苛酷な現実が外で待っている少女たちも、アシュラムという安住の地で、互いに助け合い、友情を深める、しばらくの子供らしい時を過ごしているようでした。
そんな中に、他の子達と少し雰囲気の違う、ぽっちゃりして優しい目をした、バイラビーという女の子がいました。彼女は、ほかの子たちにいろいろと面倒を見てもらいながら、あまり大変な掃除や農作業をせず、のんびり過ごしていることが多いようでした。バイラビーは、7~8歳ぐらいの時に、野良犬といっしょにいるところを発見され、アシュラムに保護されました。赤ちゃんの時に捨てられ、野良犬に育てられたのでした。他の少女たちの丁寧な指導で、衣服を着たり、身体や身の回りをきれいにするスキルをかなり身につけていましたが、学び始めた時期が遅すぎたのか、言葉をしゃべることができません。それでも、手や指で合図をしたり、声を出したりして、かなりコミュニケーションをとっていました。彼女の素朴な微笑み、そして彼女を助けたり、おちょくったりして仲良くしている少女たちの姿を忘れることができません。
あれから15年ほど後、日本のお坊さんたちとインド仏跡巡礼に同行する機会があり、アシュラムにも立ち寄ることができました。いつもと変わらない子供たちの姿、だいぶお年を召されたドワルコ院長、白髪が増えたスレシュ先生などと再会でき、胸に熱いものが込み上げました。若い女性の先生たちの中には、あのころ、校庭で、はしゃいでいた少女たちの姿もありました。最初はピンと来なかったようでしたが、だんだん思い出してくれて、互いの消息を聞き、懐かしい話をしました。
「ところで、バイラビーは、どうしているの?」
バイラビーは、数年前に病気で亡くなっていたことを聞かされました。詳しい経緯を聞く時間もなく、一行とホテルに向かわなければなりませんでした。寂しい夜空に無数の星が煌めいていました。
5月バングラ訪問(2)
こんなに流通が発達した時代でも、それぞれの地域でしか食べられないもの、手に入らないものがあるというのは、とても良いですよね。
さて、バングラデシュですが、長距離バスがどこでも走っていてとても便利です。


今回乗ったバスはこれです。首都ダッカからカグラチョリまでのバスです。8時間程乗っていました。「カグラチョリ―ダッカ」とベンガル文字で書いてあります。なかなか立派なバスに見えますよね?
しかし、よく見ると・・・
あーあー、バリバリ。。。まあ、このくらいはかわいいものですがね。でも、このバス日本じゃ無理ですよねえ。
そしてダッカへの帰りのバスです。

このバス会社の名前は「シャモリ」なのですが(かなり大手です)...
うっすらと下のペンキの後が見えますか?「BRTC」と書いてあります。
BRTCも別の大手のバス会社の名前です。
このバスを買い取ったかな?とか、なぜもっと見えないように書き直さないんだろう?とか色々考えてしまいました。
バングラデシュ面白いですよね。
佐藤未希
しあわせのピーナツ豆腐
7月4日(土)に会員総会があるので、そのための資料を200名ちょっと会員さんに発送する作業がありました。30ページ弱の年次報告・計画書を自前で300部印刷、折り気で折って、帳合する作業と、封入して宛名シールを貼って、切手(くろねこしーる)を貼って発送する作業です。
運営委員の早見さん、藤井さんが手伝いに来てくれて、夕方くらいに終りました。
発送作業は、1人でやると辛いけど、大人数でやると、余裕を持っておしゃべりしながら楽しく出来ます
午後3時頃には、Y紀ちゃんがウェブ作業の助っ人にきてくれました。今度ウェブサイトにクレジットカード決済を導入するにあたって、色々設定が必要なのですが、どうしても分からなかった所を、さすが元SE!あっさり問題解決してくれて大喜びです。
そして、そして、鹿児島の会員のK山さんから、宅急便が届きました・・・!
みきちゃんと、箱を開けると・・・
ピーナツ豆腐!(鹿児島の甘いお醤油つき)
と
紅茶フクレが!!
これ↓
わーいわーい
早見さん、藤井さん、Y紀ちゃん、みきちゃん、わたしの5人で、
気持ちよく本日の作業を達成した後に、美味しく美味しく頂きました。
K山さん、ありがとうございました
ジュマ・ネットは、年に1回の会員総会をのぞいて、運営委員会がその活動上の方針や決定を担い、事務局はその実行部隊を担っています。
運営委員はボランティアで普段は事務所にはいません。毎月の運営委員会やその他の打ち合わせや、会報発送などの作業がある時に手伝いに来てくれます。事務局は常勤スタッフが2名は有給職員です。私は、運営委員と事務局スタッフを兼任しています。
普段は事務局は2人だけで働いているんですよ。2人だけで働いているので、人が来るとたいへん嬉しいです。
何が嬉しいかと言うと、にぎやかで嬉しいのと、様々な作業を手伝ってくださるのでとても助かるのが嬉しいです。でも、一番は、応援してくれる人がいることが嬉しいのです。
なんだろう、作業的に助かるだけでなく、精神的にとても助けられるんです。(この場合は、運営委員はのぞくかな~~)
めったに会う機会のない、方々から、「がんばってね」と一言いただけるだけで、疲れが消えちゃうんですよ。(消えないほど疲れてることもあるかも知れませんが~...)
いま、ジュマネットには200名ちょっとの会員さんと、寄付や助成、その他様々な形で支援して下る沢山の人々や団体、ボランティアさんたちがいます。そういう人たちの応援や気持ちが、時にくじけそうな(?)NGO活動や「チッタゴン丘陵の問題解決と平和促進」という難しい問題への取り組みへのモチベーションを支えてくれています。

