2009/05/21 Thursdayauthor: 共同代表 トム・エスキルセン

サマンバヤ・アシュラムの想い出: 「里帰り」

もう二十数年前のことですが、インド・ビハール州の田舎の学校で子供たちと農作業などを共にしながら長期滞在する機会がありました。ガンディーの弟子たちが被差別カースト(ダリット)の人たちの解放を願って開いたサマンバヤ・アシュラムというところです。日本でも、ここにお世話になったNGO関係者は多く、「サマンバヤの会」が里親制度による支援を続けておられます。そこでの忘れられない経験について書いてみたいと思います。

87年秋、シャプラニールでアルバイトをしながらも将来について決めかねていた僕は、二回目のインドの長旅に出ることにしました。2年前にアシュラムで仲良くなった少年たちがどんな風に成長しているか、僕のことを覚えてくれているだろうかと、わくわくする思いでした。コルカタからの夜行列車は早朝にガヤ駅に到着し、40分ほどリキシャに載ってブッダガヤへと向かいました。町の喧騒を離れると、ナイランジャナ川の岸を走る道の両側に農村風景が広がり、霞の向こうに朝日を浴びた大菩提寺の仏塔が見えたときには、胸が高鳴りました。「ナマステー!」と挨拶して門をくぐったアシュラムの内庭では、女の子たちが朝の掃除をしていました。懐かしい顔もあれば、見慣れない顔もありました。「トムが帰ってきたよ」と再会を喜び、アシュラムの責任者、ドワルコさんの部屋に案内してくれました。

2~3日ブッダガヤで過ごした後、記憶をたよりに、乗り合いバスと徒歩で懐かしい田舎の男子校に向かいました。田んぼのあぜ道の遠方には、巨大な菩提樹の影で薪を運ぶ女性たちが休んでいるのが見え、インドの大地を歩いているんだ!という感慨が沸いてきました。井戸から足ふみ装置で水を畑にくみ上げる音、ろくろを回して瓦を作る職人、ござの上に稲籾を広げて乾燥させる女性たち、厳しい環境の中で逞しく生きる人々の姿が目に焼きつきました。迷い迷ってやっと学校に辿り着いたころには、夕べの祈りの時間になっていました。「オーム、シャンティ、シャンティ」というヒンドゥーの祈りに続いて、聖フランチェスコの「平和の祈り」やアメリカ公民権運動の「ウィー・シャル・オーバーカム」など、忘れもしない歌が心に深く響きました。

子供たちは、みんな元気そのもの!僕が去った後も、デンマークなど各国のボランティアが訪ねてきていたためか、最初はきょとんとしていて、再会に心躍る僕としては、期待はずれでしたが、だんだん思い出してくれたようで、教えたドリフターズの踊りやギャグを披露してくれ、ほっとしました。英語に関心が高かったアメリカ君、聡明なソハール君、若き哲学者のようなスレッシュ校長先生、恰幅のいいモハーン先生など、みんな再会を喜んでくれました。しかし、再会を楽しみにしていた何人かの子達の姿が見えません。すでに何人かは、学校をやめ、働き始めているとのことでした。

リズムのよい毎日がまた始まりました。夜明け前の鐘の音と祈り、農作業、水浴び、食事、勉強、放課後の遊び、夕飯、そして夕べの祈り。へっぴり腰を笑われながら子供たちと一緒に農作業に汗を流したあとは、じゃぶーんと池に飛び込んだり、ジャングルに木の実を探しに行ったり、先生たちからガンディーの話を聞いたりと、楽しい毎日が続きました。夜は、部屋に鍋で水を運び、その水の上でゆれる月の影に心洗われ、見上げる満点の星空に息を呑みました。森からザーッと風が吹き、「ホー、ホー」と鳥の声が聞こえてきました。

そんなある日、ルンギ姿の若者がふっとアシュラムを訪ねてきました。よく見ると、元生徒のクルディープでした!2年前は、牛で鋤を引くのが得意な、ちょっとひねくれものの13歳ぐらいの少年でした。どうしているのかと尋ねると1年前からカルカッタでリキシャ引きをしていると言われました。その若さで、数百キロも離れたベンガルという異国の大都会に身一つで出向き、稼いだお金をもって里帰りしていたのです。その見違えるような男らしい姿に驚きました。彼は、ルンギの結び目の中から、あるものを取り出し、誇らしげに見せてくれました。 

「妹のために買ってきたんだ」 

それは、インド製の、ちゃんと動くかどうか怪しそうな腕時計でした。

日本なら百円ショップでも買えそうな、その腕時計を見ながら、この同じ地球上に、どうして、これほど大きな境遇の違いがありえるのかと、身震いする思いでした。自分がとても恥ずかしくなり、こんな世の中はおかしいと憤りました。しかし何よりも、愛する人たちのために慎ましく直向に生存の闘いを続ける、この人たちの視点からしか、本当の世界は見えてこないと強く感じました。世界観が90度、カクッと変わるような瞬間でした。

「サマンバヤの会」
HP:http://www.questions.gr.jp/samanway/
ブログ:http://www.ratio.co.jp/blog/samanway/