2009年5月 記事一覧
来週は大学におじゃま。
カーーー!っと暑いと元気も涌いてくるんですが・・・。
さて、今週の事務所は先日の会員さんに続いて、大学生さんのお客さんもありました。平和構築に関心があり、ホームページを通じてジュマ・ネットを知ったので話を聞きたいとのことでした。
金曜日には監事が事務所へやって来て2008年度の会計監査を行ないました。帳簿等々見ていただいて、いろいろご指摘、アドバイスを頂きました。このあとは7月4日の総会に向けて会員さんへ資料の発送と総会案内を送ります。
来週には、大学の授業におじゃまして、ジュマ・ネットの取り組みについてお話させていただきます。えーと、6月2日(火)は亜細亜大学の「国際NGO論」にて90分、4日(木)には鶴見大学でやはり90分です。
だいたい、チッタゴン丘陵問題についてお話する際というのは、問題の解説それ自体に時間がかかりがちなので、自分自身の体験を語ったり現在行なわれている取り組みについて議論したりするまで時間が足りなくなりがちなのです。
問題解説ばかりしていると、聞く側も面白くないし、自分が関わる取っ掛かりを見出すこともできないので「難しい問題ですね」で終ってしまうなあ、と考えるようになりました。
最近は問題解説自体を短縮するようにして、ジュマ・ネットや他の関係者などの取り組みについて重点的に話をするようになりました。同時に、共感を得るためには、自分の体験を通して感じたこと、思ったこと、「感情」(自分の感情も、現地の人たちの感情も両方)を伝えることも、ひょっとしてとても大切なのかなあ??と思うようになりました。以前は、正確に伝えなくては・・・という思いが強く、感情というものは、意識的に排除していたように思います。
というわけで、来週は素直に?お話したいと思います。
(去年は土地収奪の話をしましたが、今年はCHT委員会の話をしようかな。考え中。)
国連の先住民族会議に参加してきました(1)
5月18-22日の間、国連先住民族問題常設フォーラムの第8会期に参加してきました!
日本では豚インフルエンザで大騒ぎで、国連NY本部で感染者も出たということで、行くことに少しためらいもありましたが、行ってみるとNYではマスクの人を見ることもなく、みな平常通りでした。
国連にはいくつか先住民族に関する機関がありますが、今回参加した常設フォーラムは2002年に設置されました。毎年、テーマが設定されて、世界各地から来た先住民族の人たちがそれぞれの置かれた状況について報告し、国連のできること、してほしいことについて要請を出します。今年は先住民族の権利宣言の実施などがテーマでした。
ただ、毎年発言者が集中するのは「人権」の議題。世界から集まってくる先住民族の人たちは、それぞれ国内で深刻な人権問題を抱えています。フォーラムは加盟国政府に対して命令することはできず、勧告するのみなので、発言してもすぐに改善するとは限らないのですが、それでもみんな国内で解決できない問題を数多く報告します。
下の写真は、インド北東部マニプル州の先住民族の友達です。今年のはじめに大規模な軍事作戦が展開され、彼自身も身の安全が確かではない中、勇気を持って状況を報告していました。
最近の事務所のお客さん
今日のジュマ・ネット事務所は、ちょっと寂しいです。皆さんお出かけで誰もいません。。。
がらーーん

初公開!誰もいないデスク・・・
ジュマ・ネットの事務所は、実はいくつものNGOが同居する部屋にあります。
地雷廃絶日本キャンペーン、日本インドネシアNGOネットワーク、カンボジア市民フォーラム、コリアこどもキャンペーン、そしてジュマ・ネットと5つのNGOの事務局が同居しているのです。そして大家さんは日本国際ボランティアセンターです。
すごいでしょう。NGO所帯です。
そして、なんと、これらのNGOが集まるビルには、他にも沢山のNGOが入っているのです。
その数、10数団体!(←正確な数がわかってない)
毎年、秋になると「NGOまつり」が開かれます。こちらは、去年のNGOまつりのブログ。
丸幸ビルに来れば、いっぺんに沢山のNGOまわりが出来てしまうのです。すごいですね~。
NGOに関心のある方には、便利なビルでございます。
ここで働く私達にとっても、色んな団体の方のお話が聞けて、とっても勉強になるのです。
さて、沢山のNGOが集まっていますから、色んなお客さんがやって来ますけれど、
先週は、チッタゴン丘陵へ行って来たという会員さんが、その報告にやって来てくれました。
お土産にこんな素敵な布を買って来てくれました
ボム族のおばちゃんが道端で売っていたそうです。コットン製です。
きっとおばちゃんの手織りなのでしょう。味があって、私は好きです。
コットンの織りは化繊のものよりも安く売買されていますが、日本人の感覚では、コットンの方が手作り感やナチュラル感があって好まれるようです。化繊の方が発色もよく、光沢があるのでバングラでは好まれるみたいですね。
さらに、先日アースデイでメヘンディ・アートをやったので、「使ってください」とメヘンディまで頂きました。ありがとうございます!
頂いた織りはグローバル・フェスタなどのイベントなどでご紹介出来ればと思います。
更新しました。
- CHT用語集
- ドキュメントアーカイブ
- 参考書籍一覧
- リンク集
- 会報のアーカイブ に懐かしい会報2号をUPしました。2005年1月発行です。
- 活動報告のページにもCHT委員会第2回ミッションやボイサビ、の報告などをUPしました。
サマンバヤ・アシュラムの想い出: 「里帰り」
もう二十数年前のことですが、インド・ビハール州の田舎の学校で子供たちと農作業などを共にしながら長期滞在する機会がありました。ガンディーの弟子たちが被差別カースト(ダリット)の人たちの解放を願って開いたサマンバヤ・アシュラムというところです。日本でも、ここにお世話になったNGO関係者は多く、「サマンバヤの会」が里親制度による支援を続けておられます。そこでの忘れられない経験について書いてみたいと思います。
87年秋、シャプラニールでアルバイトをしながらも将来について決めかねていた僕は、二回目のインドの長旅に出ることにしました。2年前にアシュラムで仲良くなった少年たちがどんな風に成長しているか、僕のことを覚えてくれているだろうかと、わくわくする思いでした。コルカタからの夜行列車は早朝にガヤ駅に到着し、40分ほどリキシャに載ってブッダガヤへと向かいました。町の喧騒を離れると、ナイランジャナ川の岸を走る道の両側に農村風景が広がり、霞の向こうに朝日を浴びた大菩提寺の仏塔が見えたときには、胸が高鳴りました。「ナマステー!」と挨拶して門をくぐったアシュラムの内庭では、女の子たちが朝の掃除をしていました。懐かしい顔もあれば、見慣れない顔もありました。「トムが帰ってきたよ」と再会を喜び、アシュラムの責任者、ドワルコさんの部屋に案内してくれました。
2~3日ブッダガヤで過ごした後、記憶をたよりに、乗り合いバスと徒歩で懐かしい田舎の男子校に向かいました。田んぼのあぜ道の遠方には、巨大な菩提樹の影で薪を運ぶ女性たちが休んでいるのが見え、インドの大地を歩いているんだ!という感慨が沸いてきました。井戸から足ふみ装置で水を畑にくみ上げる音、ろくろを回して瓦を作る職人、ござの上に稲籾を広げて乾燥させる女性たち、厳しい環境の中で逞しく生きる人々の姿が目に焼きつきました。迷い迷ってやっと学校に辿り着いたころには、夕べの祈りの時間になっていました。「オーム、シャンティ、シャンティ」というヒンドゥーの祈りに続いて、聖フランチェスコの「平和の祈り」やアメリカ公民権運動の「ウィー・シャル・オーバーカム」など、忘れもしない歌が心に深く響きました。
子供たちは、みんな元気そのもの!僕が去った後も、デンマークなど各国のボランティアが訪ねてきていたためか、最初はきょとんとしていて、再会に心躍る僕としては、期待はずれでしたが、だんだん思い出してくれたようで、教えたドリフターズの踊りやギャグを披露してくれ、ほっとしました。英語に関心が高かったアメリカ君、聡明なソハール君、若き哲学者のようなスレッシュ校長先生、恰幅のいいモハーン先生など、みんな再会を喜んでくれました。しかし、再会を楽しみにしていた何人かの子達の姿が見えません。すでに何人かは、学校をやめ、働き始めているとのことでした。
リズムのよい毎日がまた始まりました。夜明け前の鐘の音と祈り、農作業、水浴び、食事、勉強、放課後の遊び、夕飯、そして夕べの祈り。へっぴり腰を笑われながら子供たちと一緒に農作業に汗を流したあとは、じゃぶーんと池に飛び込んだり、ジャングルに木の実を探しに行ったり、先生たちからガンディーの話を聞いたりと、楽しい毎日が続きました。夜は、部屋に鍋で水を運び、その水の上でゆれる月の影に心洗われ、見上げる満点の星空に息を呑みました。森からザーッと風が吹き、「ホー、ホー」と鳥の声が聞こえてきました。
そんなある日、ルンギ姿の若者がふっとアシュラムを訪ねてきました。よく見ると、元生徒のクルディープでした!2年前は、牛で鋤を引くのが得意な、ちょっとひねくれものの13歳ぐらいの少年でした。どうしているのかと尋ねると1年前からカルカッタでリキシャ引きをしていると言われました。その若さで、数百キロも離れたベンガルという異国の大都会に身一つで出向き、稼いだお金をもって里帰りしていたのです。その見違えるような男らしい姿に驚きました。彼は、ルンギの結び目の中から、あるものを取り出し、誇らしげに見せてくれました。
「妹のために買ってきたんだ」
それは、インド製の、ちゃんと動くかどうか怪しそうな腕時計でした。
日本なら百円ショップでも買えそうな、その腕時計を見ながら、この同じ地球上に、どうして、これほど大きな境遇の違いがありえるのかと、身震いする思いでした。自分がとても恥ずかしくなり、こんな世の中はおかしいと憤りました。しかし何よりも、愛する人たちのために慎ましく直向に生存の闘いを続ける、この人たちの視点からしか、本当の世界は見えてこないと強く感じました。世界観が90度、カクッと変わるような瞬間でした。
「サマンバヤの会」
HP:http://www.questions.gr.jp/samanway/
ブログ:http://www.ratio.co.jp/blog/samanway/

