2009年4月 記事一覧
先住ジュマ民族ネットワークUSAからの署名のお願い
総選挙でCHT和平協定の完全実施をマニフェストに掲げたアワミ連盟政権が今年1月に誕生し、2月にバングラデシュを訪問したCHT国際委員会との会見でシェイク・ハシナ首相はじめ新閣僚がCHT問題の解決に前向きな発言を連発しました。1997年の調印以来、十数年間滞っていたCHT和平協定の実施にやっと追い風が少し吹きはじめています。
この好機に在米ジュマ民族団体、Indigenous Jumma People's Network USA(IJPNUSA)から「和平協定の完全実施と憲法上の保障を求める署名キャンペーン」への協力要請が届きました。ジュマ・ネットでも、呼びかけに応えて署名集めに協力することになりました。ご署名は、各国から集まった署名と共に、南方系仏教でお釈迦様の誕生・成道・入滅の日とされるBuddha Purnima(5月9日)の日にIJPNUSAによって駐米バングラデシュ大使館に届けられます。
英文のサイトはこちらです:http://www.ijpnus.org/appeal_for_cht_peace_accord_97
ジュマの人々にとって大切な日に、その心の願いを届ける署名キャンペーンにご協力ください。下記の記入欄にローマ字でご氏名、ご所属(任意)、お住まいの都道府県、メールアドレス(任意)をご記入の上、「Submit」ボタンをクリックしていただければ、自動的に署名が登録されます。よろしくお願いいたします。
こんにちは。運営委員の木村です
はじめまして。ジュマ・ネット運営委員の木村真希子です。
私はインド北東部の先住民族に関する民族運動や紛争を研究する傍ら、国連を利用した先住民族の権利運動にかかわっています。インド北東部はチッタゴン丘陵に隣接していることもあり、2003年ごろ、ジュマ・ネットの皆さんと知り合いになり、2007年から運営委員になりました。
チッタゴン丘陵には一度しか行ったことがないので、ジュマのことはまだまだ勉強中です。このブログでは、インド北東部の先住民族や、日本のアイヌ民族、琉球・沖縄民族の状況や、国連における権利運動の動向などについて親しみやすくご紹介できればと思っています。よろしくお願いします。
下澤さんに倣って、わたしも略歴を書いてみます。
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1997年、大学院修士課程在籍時にインド北東部・ビルマ国境のナガランド独立運動を通じて、国際的な先住民族の権利運動を知る。1999年、先住民族の権利運動を支援するNGO市民外交センターで活動を始める。2001年より、インド・デリーのジャワ―ハルラル・ネルー大学に留学。アッサム州の民族運動と紛争に関する論文で博士号取得。2004-2007年まで、日本学術振興会特別研究員として、アッサム州における長期のフィールドワークを実施。2007年9月から、明治学院大学国際平和研究所助手。
なぜチッタゴン丘陵の問題に取り組んだか
私が、なぜチッタゴン丘陵問題に取り組むようになったか。それを簡単にご紹介します。
私は1988年~1993年まで、シャプラニールという団体の、バングラデシュ駐在員をしておりました。1992年のことだと思いますが、ミャンマーから逃れてきたロヒンギャ難民がチッタゴンのテクナフ半島に30万人ほど発生し、その対応でこの地域にいったときのことでした。
当時のミャンマーからバングラデシュに逃れた難民は、ロヒンギャだけではなく、仏教難民もいましたが、バングラデシュ政府はイスラム教徒のロヒンギャ難民に対してのみ、支援を許可しました。多くのNGOはロヒンギャ難民の支援のために、コックスバザールに拠点を構え、ほとんどのホテルはNGOで埋まっているような状況でした。皆、自分たちの活動で必死でした。
しかし、徐々に、チッタゴン丘陵地域にも多くの難民がいることがわかっていましたが、バングラデシュ政府は紛争地域であることもあり、この地域での活動は一切認めませんでした。
そういった矛盾の中で、活動を展開しているとき、4月10日にカグラチュリ県のロガンで大量虐殺事件が発生しました。しかし、ロヒンギャ難民で忙しいNGOはどこも、その事件については触れることがありませんでした。私も後で、その事件を知り、非常にショックでした。大量の資金が流れ、自分たちの手柄集めで必死だったNGOが、100キロ先で起きている虐殺事件に声もあげることができなかった。NGOは何か・・・・そういった反省がこみ上げてきました。
人権に敏感な、そのことを一番の優先順位にするNGOが必要ではないか・・・そのためにはどういった準備をしなくてはいけないか・・・と思い、準備に入っていったのです。
シャプラニールの駐在員当時、ジャマルプールからバスで帰るところ
はじめまして、代表の下澤です
始めまして。代表の下澤です。
ジュマ・ネットを最初に立ち上げたのが、2002年の3月ですから、もう7年が経ってしまいました。早いものですね。この7年は決して、チッタゴン丘陵の人々にとっては希望の7年ではなかったと思います。しかし、2008年12月の選挙でアワミリーグが大勝してから、政治状況は大きくかわりつつあります。チッタゴン丘陵に平和がくるかもしれません。(もちろん楽観できませんが)
私としては、このブログで、できるだけ率直なチッタゴン丘陵の課題と、ジュマ・ネットのことを書き込んでいければと思います。よろしくお願いします。
私の簡単な略歴を以下紹介させていただきます。よろしくお願いします。
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大学卒業後、英国のCSV(Community Service Volunteers)の1年間ボランティアに参加。帰国後、日本青年奉仕協会、世田谷ボランティア協会を経て、1988年には(特活)シャプラニール=市民による海外協力の会の駐在としてバングラデシュへ。帰国後、1998年に同会事務局長。2002年7月に退職し、2006年7月より(特活)国際協力NGOセンター事務局長。平和構築NGO ジュマ・ネット代表。一橋大学大学院社会学部博士後期在籍、法政大学非常勤講師。2007年度愛知大学同窓会優秀奨励賞受賞。著書「開発NGOとパートナーシップ 南の自立と北の役割」(2007 コモンズ)。

