2009年8月 記事一覧

2009/08/03 Mondayauthor: JummaNet サイト管理者

陸軍撤退に対する市民社会の反応

「CHTからの軍撤退決定は一歩前進」
http://www.thedailystar.net/story.php?nid=99450

デイリー・スター紙 2009年7月31日

昨日、幾つかの組織がチッタゴン丘陵地帯(CHT)からの軍の一旅団を撤退させる決定をCHT和平協定実施への一歩前進と呼んで政府を賞賛した。

国際CHT委員会は、9月までにCHTから軍を撤退させる決定を賞賛し、1997年に和平協定が結ばれて以降、同地域からの今までで最大規模の陸軍の撤退になるだろうと述べた。

同委員会は、与党の選挙マニフェストの次の箇所にも言及した:「1997年CHT和平協定を完全に実施する。発展から取り残されている先住民族地域の開発に向けてより多くの努力を行う。先住民族の権利を保障し、その言語、文学、文化、独自の生活様式を守るための特別事業を重点的に実施する。」

「当委員会は、対話、交渉、和平協定調印を通して、CHT地域の紛争を終わらせようとしてきた政府の取り組みを支持する」と委員会は声明で述べた。

アムステルダムを本拠地とするCHTキャンペーン組織化委員会(OCCHTC)とコペンハーゲンを本拠とする国際先住民族問題作業グループ(IWGIA)が共同で1990年に同委員会を結成した。CHT委員会は、エリック・エイブブリー卿、スルタナ・カマール弁護士、そしてアイダ・ニコライセン博士を共同議長とする。

人権団体Ain-O-Shalish Kendra(ASK、法律仲裁センター)もCHTからの軍の撤退の決定を一歩前進と呼んで賞賛したが、和平協定の完全実施の重要性も強調した。

「和平協定は軍を撤退させるだけで実施されるものではない。政府は協定の他の条項にも注意を向けるべきである。」とASKは語った。

バングラデシュ先住民族権利運動もプレス・リリースで、和平協定実施の一環としてチッタゴン丘陵地帯から軍を撤退させる決定を歓迎した。

「政府は、9月までに3つの歩兵大隊と35箇所の駐屯地を含む一旅団を撤退させることを決定した。これは、和平協定を実施する上での一里塚の役割を果たすだろう」と同組織の事務局長、メスバ・カマール博士は語った。

一方、CHT平等権運動のリーダーたちはプレス・リリースで、国家主権を守るためにCHT地域から陸軍を撤退させる決定を再考するよう政府に呼びかけた。

国家の独立と主権を守り、丘陵地帯の治安を維持するためにも、政府は今、陸軍を撤退させるべきではないと彼らは語った。

「政府が先住民族リーダーからの圧力で陸軍を撤退させれば、国の独立も主権も害することとなるだろう」と彼らは語った。

リーダーたちは、この問題で8月3日に市内ムクタゴンジで「人間の鎖」を作り、抗議集会を開催する予定である。

ディギナラ在住のベンガル人入植者リーダー、ボルハン・ウッディン氏は、CHTが今も緊張した状況であると語った。治安が日毎に悪化しており、政府は、治安が後で悪化しないことを保証してからでないと陸軍を撤退させるべきではないと付け加えた。
2009/08/03 Mondayauthor: JummaNet サイト管理者

CHTから陸軍一旅団の撤退を決定

陸軍がチッタゴン丘陵からの「最大規模の撤退」を開始予定
http://www.bdnews24.com/details.php?id=90962&cid=2

ダッカ - 7月29日(bdnews24.com):政府は、長年紛争が続くチッタゴン丘陵地帯に安定をもたらすため十年以上前に和平協定を調印して以来、最大規模の同地域からの陸軍の撤退を発表した。

水曜日、政府公式声明で、3つの歩兵大隊と35箇所の治安軍駐屯地を含む一旅団すべての撤退をすぐに開始すると知らせた。撤退は9月に完了予定である。

「[協定]調印後、同地域からの最大規模の陸軍の撤退となる」と政府広報局のプレス・リリースは知らせた。

「今回の陸軍の撤退は、政府がその約束を果たす途上の一里塚として丘陵の人々に受け止められることを政府は期待している。」

声明によれば、CHT和平協定が12年前に調印されて以来、いくつかの段階を経て合計200箇所の治安軍駐屯地が丘陵地帯から撤退させられたという。

チッタゴン丘陵和平協定は、同地域で内戦を終わらせ、恒久平和を実現するために1997年に調印された。

問題を抱えた地域

チャクマ民族リーダーを先頭に先住民族たちが、重要な要求に関する独立直後の新バングラデシュ政府の「怠慢」に抗議して1970年代に武装抵抗を開始した後、問題を抱えた同地域に陸軍が展開された。

カプタイ水力発電ダムの解体、伝統的な土地権の回復を含む要求が掲げられていた。

1960年代に建設されたカプタイ湖でチャクマ王の王宮と広大な土地が水没し、何千人もの人々が立ち退かされた。その多くは、バングラデシュ軍に抵抗するゲリラ戦を戦うために国境を越えてインドに逃れた。

1997年にチッタゴン丘陵人民連帯協会(PCJSS)と調印した和平協定で、政府は段階的に陸軍をCHTから撤退することを約束した。

協定を結んだ前アワミ連盟政権は、和平協定の実施を開始していた。しかし、その後のBNP政権の下で実施が停止した。

「さらなる措置」

水曜日の軍撤退に関する政府声明は、和平協定実施のさらなる措置にも言及した。

「協定実施のために、バングラデシュ政府は、さらに幾つかの措置を取っている。特に:(a)和平協定の実施過程を見守るための国家レベルの和平協定実施委員会の結成、(b)チッタゴン丘陵問題に関する国会常設委員会の再編およびチッタゴン丘陵の様々な問題の解決のための会合の継続、(c)土地委員会の再編のプロセスの開始など」と声明は伝えた。

「政府は、宗教や民族の違いに関係なく、全ての人々が共存できるよう、そして治安を回復して同地域で開発活動を継続できるよう、丘陵民や他の住民の全面的な協力と支援を要請している」と付け加えた。

チッタゴン丘陵学生評議会代表、リコー・チャクマ氏は「政府は多くのことを約束してきたが、実際にそれを実施しない限り、信じるのは難しい」と本紙に語った。