2007年11月 記事一覧
2007/11/07 Wednesdayauthor: jummanet(n)
お寺に「拡声器使うな」と軍が脅迫
初出:2007.11.07
11月5日、土地収奪の標的となっているシャードン・ティラで仏教寺院の委員会書記を務めるスネホモイ・チャクマら(上述)は、駐屯地に呼び出され、バブチョラ管区の陸軍司令官から、コティン・チボル・ダン祭(一夜にして綿花から法衣を織り上げて僧侶に寄進する行事)で拡声器を使わないよう脅迫され、県知事から使用許可を取れと言われた。この祭りは、修行僧の雨季の篭り行(雨安居)の終わる10月後半ごろに催され、同寺では11月8~9日に予定されていた。一般にバングラデシュでは宗教行事で拡声器を使うことに制限はなく、イスラム教の一日五回の祈りへの呼びかけでも使われている。
また11月1日、丘陵僧侶協会会長スマナランカール師(数回の来日でおなじみ)の一行がコティン・チボル・ダン祭りに参加するためにバブチョラの仏教寺院に車で向かっていたところ、検問所で止められ、行く手を阻まれた。同師は駐屯地前で祭りの法要を行うと言い出し、兵士も仕方なく通過を許可した。CHTでは軍人らの宗教的不寛容は根深く、仏教の僧侶や信者に対する嫌がらせがあとを絶たない。
Hill Watch Human Rights Forum NEWS No. 52/2007, (2007年11月7日)
また11月1日、丘陵僧侶協会会長スマナランカール師(数回の来日でおなじみ)の一行がコティン・チボル・ダン祭りに参加するためにバブチョラの仏教寺院に車で向かっていたところ、検問所で止められ、行く手を阻まれた。同師は駐屯地前で祭りの法要を行うと言い出し、兵士も仕方なく通過を許可した。CHTでは軍人らの宗教的不寛容は根深く、仏教の僧侶や信者に対する嫌がらせがあとを絶たない。
Hill Watch Human Rights Forum NEWS No. 52/2007, (2007年11月7日)
2007/11/05 Mondayauthor: jummanet(n)
バングラデシュ北西部ナオガオン県で先住民族の村が襲撃される!
初出:2007.11.05
2007年11月5日、バングラデシュ北西部ナオガオン県パトニトラ郡ディバル・ユニオンのカジパラ村に住む先住民族、オラオン民族が、土地収奪を狙うベンガル人集団に撃された。
同村には、遥か昔からオラオン民族が住んでおり、現在は50世帯が暮らしている。イギリス植民地時代に土地登記制度が開始したが、オラオン民族は伝統的に土地を管理していたので土地登記を受けなかった。この状況に付け込み、隣村の地元BNP党幹部イドリス・アリと弟のシャフィウッラが1991年に政府から同村の無所有と称する土地1.33エーカーの借地権を取得し、最近になってオラオン住民に村から出て行くよう脅迫していた。
イドリス・アリらは襲撃に参加する村人に牛肉料理を振舞った。4つの村からベンガル人250~300人を集め、オラオンの男性たちが仕事に出かけた隙を見計らって午前7時に先住民族集落を襲撃した。ユニオン評議会委員のヘラルとジュエルが攻撃を指揮した。一時間ほどの襲撃で先住民族の家屋17戸が全焼し、何人かの女性がレイプ未遂に遭い、女性5人を含む先住民族15人が重症を負った。叫びを聞いて隣村のオラオン民族が駆けつけ、暴徒は逃げ去った。パトニトラ警察署の警察官が現場に駆けつけたが、襲撃者を逮捕するどころかイドリス・アリの土地証書を振りかざして先住民族を脅迫した。被害者はアリらを告発し、警察は若者5人を逮捕したが首謀者のイドリス・アリとシャフィウッラは逮捕されていない。(出典:現地情報筋)
同村には、遥か昔からオラオン民族が住んでおり、現在は50世帯が暮らしている。イギリス植民地時代に土地登記制度が開始したが、オラオン民族は伝統的に土地を管理していたので土地登記を受けなかった。この状況に付け込み、隣村の地元BNP党幹部イドリス・アリと弟のシャフィウッラが1991年に政府から同村の無所有と称する土地1.33エーカーの借地権を取得し、最近になってオラオン住民に村から出て行くよう脅迫していた。
イドリス・アリらは襲撃に参加する村人に牛肉料理を振舞った。4つの村からベンガル人250~300人を集め、オラオンの男性たちが仕事に出かけた隙を見計らって午前7時に先住民族集落を襲撃した。ユニオン評議会委員のヘラルとジュエルが攻撃を指揮した。一時間ほどの襲撃で先住民族の家屋17戸が全焼し、何人かの女性がレイプ未遂に遭い、女性5人を含む先住民族15人が重症を負った。叫びを聞いて隣村のオラオン民族が駆けつけ、暴徒は逃げ去った。パトニトラ警察署の警察官が現場に駆けつけたが、襲撃者を逮捕するどころかイドリス・アリの土地証書を振りかざして先住民族を脅迫した。被害者はアリらを告発し、警察は若者5人を逮捕したが首謀者のイドリス・アリとシャフィウッラは逮捕されていない。(出典:現地情報筋)
2007/11/04 Sundayauthor: jummanet(n)
マイシュチョリで土地収奪が深刻
初出:2007.11.04
カグラチョリ県マイシュチョリのカラルヤチョリ・ビトル村で入植者が100エーカーほどの土地を収奪しようとしている。11月4日午前8~9時ごろ、キャンガート集団村のモバラク(50歳)とマジッド(50歳)およびヌンチョリ集団村のレブ(45歳)がそれぞれ率いる入植者集団が、各20人ほどの人数で、ナタ、斧、棍棒などを手に持って村に踏み込んだ。
彼らは我が物顔で住宅建設のためにジャングルを切り開き、牛に食べさせる草を刈った。ニキル・カルバリ村長(35歳)が抗議しても、入植者は無視し、横柄な態度で「明日また戻ってくる。抵抗するならやってみろ」といって彼を脅迫した。この日、入植者は一旦引き下がったが、仲間が二人行方不明となったという噂を流しはじめた。ジュマ住民は怪しみ、ジュマの村を襲う口実を作ろうとしているのではないかと恐れている。
翌5日の朝にも、マジッド率いるヌンチョリ集団村の入植者23人が同地に行ってジャングルを開墾しようとした。ジュマが抗議するとマジッドは「政府は集団村に住み続けることはできないといっている。だから、ジャングルを切り開いている」と答えたという。
マイシュチョリでは8月以来、すでに各地で数百エーカーの土地が力ずくで奪われている。陸軍も土地収奪の計画と実行に直接関与している場合が多い。近隣のダッドクッピャ、ブイオチョリ、レムチョリ、キャンガート、ボダナラ、ヌンチョリでも土地が収奪されている。
Hill Watch Human Rights Forum NEWS No. 49/2007(2007年11月4日)
彼らは我が物顔で住宅建設のためにジャングルを切り開き、牛に食べさせる草を刈った。ニキル・カルバリ村長(35歳)が抗議しても、入植者は無視し、横柄な態度で「明日また戻ってくる。抵抗するならやってみろ」といって彼を脅迫した。この日、入植者は一旦引き下がったが、仲間が二人行方不明となったという噂を流しはじめた。ジュマ住民は怪しみ、ジュマの村を襲う口実を作ろうとしているのではないかと恐れている。
翌5日の朝にも、マジッド率いるヌンチョリ集団村の入植者23人が同地に行ってジャングルを開墾しようとした。ジュマが抗議するとマジッドは「政府は集団村に住み続けることはできないといっている。だから、ジャングルを切り開いている」と答えたという。
マイシュチョリでは8月以来、すでに各地で数百エーカーの土地が力ずくで奪われている。陸軍も土地収奪の計画と実行に直接関与している場合が多い。近隣のダッドクッピャ、ブイオチョリ、レムチョリ、キャンガート、ボダナラ、ヌンチョリでも土地が収奪されている。
Hill Watch Human Rights Forum NEWS No. 49/2007(2007年11月4日)
2007/11/03 Saturdayauthor: jummanet(n)
土地収奪の画策が続くシャードン・ティラ村
初出:2007.11.03
バングラデシュ陸軍はカグラチョリ県バブチョラのシャードン・ティラ村での土地収奪を諦めていない。2007年8~9月にかけて脅迫・威圧で土地を奪おうとして失敗したが、戦略を転換し、裁判手続きなどで目的を達成しようとしている。偽の土地権証書を県行政に作らせ、土地に対する主張を通そうとしている。
ある入植者が、同地のジュマに対する立ち退き命令をカグラチョリ県裁判所に求め、10月26日に県裁判所判事はシャードン・ティラ村のボノ・ビハール仏教寺院委員会書記、スネホモイ・チャクマに対し、2008年1月23日に裁判所に出頭して陳述書を提出するよう命じた。また、次の指令まで現状を維持するよう当事者に命じた。
一方、入植者たちはシャードン・ティラの土地に対する偽の土地権証書を入手していることが分かった。証書には土地の境界線、種類、所有形態が明記されているが、1984~85年に土地権が譲渡されたと記しながら、いずれも2004年10月21日付けで書名されている。明らかに偽造である。しかも、証書では入植者がこの土地に対する税金を国庫に長年、納めていたと記している。
CHTの土地管理制度では、当該地域の先住民族首長の許可なしに土地を譲渡することは禁止されており、土地税も首長を通して政府に支払うことになっている。これらの土地権証書は首長の許可無く発行され、土地税も彼を通して支払われていないので、法的に無効である。
最近のディギナラでの土地収奪を陰で操るディギナラ管区副司令官カムルル・ハッサン少佐は入植者に有利な世論を形成するため、9月に新聞記者を駐屯地に招待し、入植者を擁護する似たような記事が国内数紙に掲載された。
一方、政府高官がさまざまな理由をつけて同地を訪問している。10月21日にチッタゴン省知事がプロジェクト視察の途中でシャードン・ティラを通過し、この土地問題に関してカグラチョリ県知事とディギナラ郡行政官と密かに会談したといわれる。10月23日には入植者リーダーがディギナラ行政官を招いてシャードン・ティラでピクニックに見せかけて密会したとも言われる。翌24日にディギナラ行政官は「シャードン・ティラ土地問題を整理する」会合を召集し、入植者と先住民族のリーダーを呼びつけた。行政官は地図を広げ、シャードン・ティラ村のどこの「カース地(無所有地)」が入植者に譲渡されたかを説明しはじめ、近々測量を行って入植者の土地の境界線を引くと言い出した。ジュマ代表は激しく抗議し、そのような空き地は無いと主張したが、行政官は聞かなかったという。このように、仏教寺院、座禅道場、多くのジュマ民族の住居を含むシャードン・ティラ村の約300エーカーの土地を収奪する陰謀は続いている。
1983年に政府はジュマ15~20世帯を追い出してベンガル人入植者812世帯を同地に定住させたが、ジュマの激しい抵抗で、入植者たちは引き上げられ他地域のジュマの土地に再定住させられた。和平協定後、ジュマ難民が同地に帰還し、寺院・座禅道場などを建設した。こうした土地問題は、政府がチッタゴン丘陵の伝統的な土地法を無視して1979~84年に40万人もの入植者をCHTに定住させたことに起因する。入植者は民族浄化の道具として使われている。
HWHRF Review: Issue-04(2007年11月3日)
ある入植者が、同地のジュマに対する立ち退き命令をカグラチョリ県裁判所に求め、10月26日に県裁判所判事はシャードン・ティラ村のボノ・ビハール仏教寺院委員会書記、スネホモイ・チャクマに対し、2008年1月23日に裁判所に出頭して陳述書を提出するよう命じた。また、次の指令まで現状を維持するよう当事者に命じた。
一方、入植者たちはシャードン・ティラの土地に対する偽の土地権証書を入手していることが分かった。証書には土地の境界線、種類、所有形態が明記されているが、1984~85年に土地権が譲渡されたと記しながら、いずれも2004年10月21日付けで書名されている。明らかに偽造である。しかも、証書では入植者がこの土地に対する税金を国庫に長年、納めていたと記している。
CHTの土地管理制度では、当該地域の先住民族首長の許可なしに土地を譲渡することは禁止されており、土地税も首長を通して政府に支払うことになっている。これらの土地権証書は首長の許可無く発行され、土地税も彼を通して支払われていないので、法的に無効である。
最近のディギナラでの土地収奪を陰で操るディギナラ管区副司令官カムルル・ハッサン少佐は入植者に有利な世論を形成するため、9月に新聞記者を駐屯地に招待し、入植者を擁護する似たような記事が国内数紙に掲載された。
一方、政府高官がさまざまな理由をつけて同地を訪問している。10月21日にチッタゴン省知事がプロジェクト視察の途中でシャードン・ティラを通過し、この土地問題に関してカグラチョリ県知事とディギナラ郡行政官と密かに会談したといわれる。10月23日には入植者リーダーがディギナラ行政官を招いてシャードン・ティラでピクニックに見せかけて密会したとも言われる。翌24日にディギナラ行政官は「シャードン・ティラ土地問題を整理する」会合を召集し、入植者と先住民族のリーダーを呼びつけた。行政官は地図を広げ、シャードン・ティラ村のどこの「カース地(無所有地)」が入植者に譲渡されたかを説明しはじめ、近々測量を行って入植者の土地の境界線を引くと言い出した。ジュマ代表は激しく抗議し、そのような空き地は無いと主張したが、行政官は聞かなかったという。このように、仏教寺院、座禅道場、多くのジュマ民族の住居を含むシャードン・ティラ村の約300エーカーの土地を収奪する陰謀は続いている。
1983年に政府はジュマ15~20世帯を追い出してベンガル人入植者812世帯を同地に定住させたが、ジュマの激しい抵抗で、入植者たちは引き上げられ他地域のジュマの土地に再定住させられた。和平協定後、ジュマ難民が同地に帰還し、寺院・座禅道場などを建設した。こうした土地問題は、政府がチッタゴン丘陵の伝統的な土地法を無視して1979~84年に40万人もの入植者をCHTに定住させたことに起因する。入植者は民族浄化の道具として使われている。
HWHRF Review: Issue-04(2007年11月3日)
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