2006年12月 記事一覧

2006/12/06 Wednesdayauthor: jummanet(n)

「先住民族」のプロジェクトは不許可―CHT省

初出:2006.12.06

(ニュース・フロム・バングラデシュ紙、2006年12月6日)

チッタゴン丘陵地帯で地元NGOが海外から資金を貰って活動するためには、NGO局への登録のほか、CHT問題担当省からの許可が必要となっている。近年まで先住民族NGOがCHT問題担当省の許可を受けるのに特に大きな障害が無かった。しかし、2006年1月にカーン・モハメッド・イブラヒム氏が同省の一等書記官に任命されてからは、計画書で「先住民族」という表現を使うプロジェクトには許可が下りなくなった。同氏によれば、チッタゴン丘陵地帯をはじめ、国内には先住民族もしくは少数民族という存在はなく、バングラデシュ憲法でも言及されていないことが理由だという。ただし、「部族民」と呼ばれる集団なら幾つか存在すると彼は認める。2006年7月に同氏は別の省庁に異動したが、後任のカジ・モハタル・ホセイン一等書記官も前任者の方針を踏襲し、「先住民族」という表現を含むプロジェクトには許可を出さない状況が続いている。
2006/12/03 Sundayauthor: jummanet(n)

CHTで総選挙の前哨戦はじまる

バングラデシュでは、5年間続いたBNP政権の任期が終了し、10月30日に政府は選挙管理暫定政権に移行した。来年1月ごろに予定されている総選挙に向けて、BNP・ジャマート・イスラム党の前与党連合とアワミ連盟率いる野党連合の間で暫定政権や選挙管理委員会の構成などをめぐって連日、激しい衝突やデモが続いている。チッタゴン丘陵地帯でも、選挙の前哨戦がはじまっている。

和平協定に反対するジュマ民族政治組織UPDFは、いち早く9月9日にCHT3県で総選挙に立候補することを発表した(デイリー・スター紙9月10日)。

1997年に政府と和平協定を結んだジュマ民族政党PCJSSは10月3~4日にランガマティで中央委員会を開き、和平協定の実施状況、有権者名簿、治安状況などについて総選挙に向けた議論を行ったが、既存の政党連合を支持するか、自ら候補を出馬させるかは、結論が出なかった(デイリー・スター紙10月4日)。

10月11日にBNP党首、カレダ・ジア首相はCHT3県を訪問し、ランガマティでPCJSSショントゥ・ラルマ代表やチャクマ王、モン王、ボモン王と会談した。CHT各地で首相は、BNP政権下で開発事業が進展したことを強調し、観光業振興のためにもベンガル人とジュマが仲良く共存すべきだとアピールしたが、和平協定については一言も触れなかった。ラルマ氏は首相に地域評議会・県評議会の運営規則の決定、裁判所の設置、県評議会への権限の委譲などを要求した。(PCJSS 10月15日報告書)

11月2日にPCJSSカグラチョリ県支部は、同県での公正な選挙を実施するのに適した環境を作るためにワドゥッド・ブイヤン(過激な入植者リーダーで元BNP党議員)をCHT開発局長の座から退任させるよう要求する暫定政権首脳あての覚書をカグラチョリ県知事に提出した(プロトム・アロ紙2006年11月3日)。

11月18日にはPCJSS代表ショントゥ・ラルマ氏はアワミ連盟党首シェイク・ハシナ女史とダッカで会談した。ラルマ氏は、CHTで有権者の登録に不正があり、公正な選挙を行う状況が整っていないと述べ、選挙管理委員会のMAアジズ委員長の退任を求めたいと語った。しかし、PCJSSがアワミ連盟率いる14党連合に加盟するかどうかについては話し合われなかった(デイリー・スター紙、11月19日)。アワミ連盟はPCJSSと1997年に和平協定を結んだ政党であり、今回の総選挙で和平協定の実施を綱領に掲げているが、政権党だった2001年まで和平協定をまじめに実施しなかった。

一方、前CHT問題担当省副大臣モニ・ショポン・デワン氏(元BNP党ランガマティ県選出国会議員、チャクマ民族)は、BNPを離脱し、(90~96年のBNP政権時代にPCJSSとの和平交渉担当も勤めた)オリ・アハメッド元大佐らBNP党の一部の元幹部が新しく結成した自由民主党(LDP)に入ることを発表した。BNP党ランガマティ県支部は彼を裏切り者として「ランガマティに入るべからず」と宣言し、彼の人形に火をつけるなどして怒りをぶちまけた(デイリー・スター紙10月29日)。11月21日に同氏はランガマティ県でLDP党から立候補すると正式に発表した(デイリー・スター紙11月22日)。

PCJSSは前回の2001年総選挙を、和平協定に反して有権者名簿にベンガル人入植者が登録されたことに抗議してボイコットした。今回の総選挙で、この未解決の問題を棚上げにして候補を出すかどうかが大きな焦点となる。PCJSSに対するジュマ民族の支持の度合いを測る大きな試金石ともなるだろう。
2006/12/03 Sundayauthor: jummanet(n)

終わりの見えないジュマ骨肉の争い

初出:2006.12.03

PCJSSとUPDFの武力抗争は、春から小康状態を保っているように見えたが、夏から再び激しさを増している。7月後半の15日間だけでも両派で少なくとも9人が殺害され、10人が負傷した。さらに8月2日にはトリプラ人の11歳の少年と70歳の老人が先住民族武装集団に殺され、UPDFはPCJSSによる攻撃と主張した。8月11日にUPDFのカグラチョリ事務所が放火された。8月21日にはPCJSS寄りの丘陵学生評議会活動家4名、翌8月22日にはPCJSS活動家6人がUPDFに誘拐され、両派の激しい銃撃戦がカグラチョリとナニアチョルで行われた。
(デイリー・スター紙 8月1日、12日、22日、23日など)
2006/12/03 Sundayauthor: jummanet(n)

ジュマに対する相次ぐレイプ事件

初出:2006.12.03

2006年8月27日、午後2時ごろ、ランガマティ県バガイチョリ郡パックアカリ村で、Sチャクマさん(10歳)が、自宅に一人でいるときに、モハマド・ビッラル(26歳)というベンガル人入植者にレイプされた。

2006年9月6日午後4時ごろ、ランガマティ県ラジャストリ郡ムロドン村でNマルマさん(11歳)が近所に住むベンガル人のショントシュ・ダーシュ(37歳)によって強姦された。犯人はお金やチャナチュルというお菓子で少女を近くの林に誘い出してから彼女を強姦した。警察はダーシュ容疑者を逮捕した。

2006年10月7日、夜10時ごろ、バンドルバン町のお寺で法事に出席した後に帰宅途中の数名のマルマ女性が強姦未遂に遭った。バンドルバン県ラウンギ村のUマルマさんと夫のサアウンプルー・マルマさんがバンドルバン町イスラムプール地区を通りかかったところ、ベンガル人の集団がサアウンプルー・マルマさんに暴行を働いて近くの森に連れ出し、Uマルマさんの服を無理やり脱がせて強姦しようとした。しかし、叫び声を聞いた近隣住民が現場に駆けつけ、二人を救助した。同じころ、Sマルマさんと夫のウチャイン・マルマさんも同じ目的でベンガル人たちに襲われたが、やはり地元住民に救助された。この衝突で[救助に入った]バブル・マルマさんが頭部を負傷し、バンドルバン病院に入院した。Uマルマさんはコジョル・ダーシュ、カイルル・アミン、ハルン、フォリド、ソレモン、シアド・ホセイン、ジャハンギール、セリム、レドゥという9人のベンガル人に対する告発状をバンドルバン警察署に提出したが、警察はこの件で誰も逮捕していない。

2006年11月16日、午前10時半ごろ、孤児のRトリプラ(15歳)さんが一人で自宅で昼食を調理していたところ、シフィル・イスラム、アジズル・ホク、カビル、ハサン、イシャクという五人のベンガル人の木材密輸業者が家に押し入り、彼女を集団でレイプした。彼女は現在、カグラチョリ病院で治療を受けている。ドゥルバル女性ネットワークが彼女に代わって警察に告発状を提出した。法的支援・研究協会(LARA)も支援に乗り出している。

(LARA 2006年11月18日報告およびPCJSS 2006年10月15日報告書による)

初出:2006.12.03

2006年4月3日にカグラチョリ県マイシュチョリ地区でベンガル人入植者により100戸以上のジュマの住居が破壊され、数十名が負傷し、若い女性2人がレイプされた事件で、ジュマ・ネットが現地政府に連名の抗議文を送り、レイプ被害者2人と、危険のため村に戻れずにいる7家族に、生活費37.8万円を届けたことを前号で報告した。現地のジュマ弁護士団体、法的支援・研究協会(LARA)の支援で、二人の家族は4月9日にカグラチョリ治安判事裁判所に告発状を提出した。4月10日に裁判所はモハルチョリ警察署に捜査を命じ、同警察署は事件番号GR-94/06およびGR-95/06番として立件し、2人の担当捜査官を任命した。7月9日に捜査官たちは起訴状を裁判所に提出した。チッタゴン丘陵地帯に女性・子供虐待防止裁判所がないため、事件は8月7日にチッタゴン特別裁判所に移管された。11月15日に特別法廷の第一回の審理が行われることとなっている。容疑者はまだ誰も逮捕されていない。

政治問題に発展した同事件で入植者を告発した2人は、軍や入植者からの圧力で当分の間、元の暮らしに戻ることができそうにない。職業訓練など彼女たちの自活の道が模索されているが、まだ活路は見出されていない。

(LARA報告書およびPCJSS2006年10月15日報告書による)