政府は最近、チッタゴン丘陵への外国人の旅行を非常に厳しく規制し始めている。新しいルールで外国人は県知事だけでなく、内務省と外務省からも事前に許可を受けなければならないこととなった。また、先住民族のグループや宗教集団と話し合いをするときは、必ず、政府の担当官を同伴させることを義務付けた。

PCJSSや現地NGOは、ドナーや国際機関の行動が不当に制約されるとして、憂慮を表明している。しかし政府筋は、人権擁護や宗教の名目でCHTを訪問する一部の外国人が非倫理的で反国家的な活動をしている証拠が見つかったとしている。

20121126日にバンドルバン市で先住民族と対話しようとしていたCHT委員会も政府から反対に遭い、会合をキャンセルすることを余儀なくされた。行政官がCHT委員会の委員に見せた通達書には、政府担当官の立会なしには、「小さなエスニック・グループ」と集会を行うことを許可しない、と書いてあった。この指令に抗議してCHT委員会は予定されていた2日間のバンドルバン県訪問をキャンセルし、同日夜に同県を離れた。

バンドルバン県を訪問する外国人への許可証には、全ての訪問個所、活動予定を警察に知らせ、届け出た以外の目的・場所で、政治活動や宗教活動、布教・説教などをすることを禁止すると書いてある。また、県知事の許可なく、通学児童やその親・コミュニティーにお金を寄付すること、改宗を促すことも禁止している。同県知事ミザヌル・ラーマンによれば「これらの条件は、国家安全保障のために内務省が発した指令に基づく。最近、学校に入学させると言って子供を連れだした人身売買業者が逮捕された。外国人が改宗への誘因として金を渡しているという報告もある。このため対策を余儀なくされた」と説明する。

バンドルバン県知事が県内のホテルなどに送付した手紙でも、県知事の事前の許可なしに外国人の予約を取らないよう指示しており、許可なく滞在した外国人に不祥事が起こった場合は責任を問うとしている。ホテル経営者たちは、恐れからマスコミへのコメントを控えている。ある匿名を希望するホテル経営者は、すでに外国人観光客やNGO関係者の訪問が減っており、観光業への影響が広がるだろうと語った。

(カレル・コント紙、20111211)

2012/01/14 Saturday JummaNet事務局

UNDP文化祭に抗議する学生デモを警察が弾圧

国連開発計画(UNDP)とチッタゴン丘陵問題担当省が共催した「文化多様性祭」に抗議するために、2011126日にダッカ市内の全国記者クラブ前で非暴力のデモを行っていた先住民族の学生たちに警察が突然、襲い掛かり、女性2人を含む少なくとも9人を負傷させ、9人を逮捕した。

4年連続で開催されてきた同文化祭では、従来は、「先住民族」という言葉が使われてきたが、2011年夏に政府が「先住民族」という言葉を使用しないよう関係機関に指導したことを受けて、2011年の文化祭の紀要では、「エスニック・マイノリティー」、「小さなエスニック集団」、「部族」という表現が代わりに使われた。これを権利侵害として学生たちが抗議していた。

(カパエン財団2011126)

 

2011年12月14日、カグラチャリ県ディギナラ郡のベンガル人のモハモッド・サッタール(30歳)の死が明らかになると同時に、多くのベンガル人入植者はランガマティ県バガイチョリ・バザール、カグラチョリ県デギナラ郡のカバカリ・バザールのジュマの人々を襲撃した。その際、デギナラのジュマ女性が1名殺され、少なくとも10名のジュマの人々が襲撃によって負傷した。

死亡したモハモッド・サッタールは、デギナラからバガイチョリ道路をバイクで移動中だったフェリー乗客で、デギナラ郡カバカリの入植者だった。彼は13日から行方不明になっており、14日に彼の死体が入植者の居住地区から4マイルほど離れた場所で発見された。さらに襲撃しようと集まったベンガル人入植者らはバガイチョリのジュマが住むバブ村を襲おうとし、また抵抗しようとジュマの人々が集まり始めたとき、マリシャ地区からのバングラデシュ国境警備隊が空砲を打ち、人々を追い払った。地域行政は外出禁止令をマリシャ地区に出し情勢の安定を図っている。

襲撃の際、ベンガル人入植者はカバカリ・バザールも襲撃し、ジープに乗っていた乗客が襲われた。多くのジュマの乗客は逃れることができたが、カバカリ・ユニオン、カウリマチョラ村のチコン・ミラ・チャクマ(40歳)は逃げ遅れ、その場で切りつけられ、死亡した。夫のジテン・チャクマは負傷したが、現在ディギナラの病院で手当てを受けている。情報筋によると、古くから住むベンガル人は
ジュマの人々の逃亡を手助けしていたという。

ベンガル人入植者らは今でもランガマティ県、カグラチョリ県で襲撃を扇動する動きがあり、さらなる襲撃をジュマの村人は恐れている。情報筋によると現在軍がバガイチョリ地域をパトロールし、状況の鎮静化に努めているところである。
 
(Kapaeeng Foundationの2011年12月14日のメール・ニュースを下澤が要約)
 
バングラデシュ駐在の国連開発計画チッタゴン丘陵開発局(略称UNDP-CHTDF)は毎年、文化多様性フェスティバルを開催しているが、今年の同フェスティバルでは「先住民族」という言葉を使わない方針であることが明らかになった。UNDP-CHTDFは過去4年間、「先住民族」という単語を使ってきたが、今年のフェスティバル概要ではそれが「エスニック・マイノリティ」「少数民族集団」「トライブ(部族)」という言葉と置き換えられている。これに対し、先住民族側から厳しい批判の声が上がっている。
先住民族指導者によると、UNDPの変化は最近の政府による先住民族政策方針の変化に合わせたものではないかと推測されている。
 ▽ジュマネット・ニュース2011年10月15日号「全ての公文書から「先住民族」という言葉を削除」参照
 http://www.jummanet.org/cht/news/2011/10/post-82.html

バングラデシュ先住民族フォーラムの事務局長、サンジーブ・ドロン氏は「先住民族」用語の削除を批判している。
同時に、イベント会社によって運営されているフェスティバルの在り方自体にも批判の声が上がっている。通常、先住民族ではなくベンガル人の会社がイベントの管理・運営を任されるため、先住民族の観点がフェスティバルに反映されにくい。人権団体カパエン財団事務局長のロビンドラナート・ソレン氏は、UNDPのやり方は先住民族の自決権を侵害するものだとし、先住民族の観点や習慣、伝統を尊重すべきであると批判している。また、マンガル・クマール・チャクマ氏は、先住民族を意思決定過程に参加すべきであると警告し、今年は多くの先住民族団体が抗議のため、フェスティバルをボイコットするかもしれないと示唆した。同フェスティバルは12月2日から8日に予定されている。

(カパエン財団からの報告より、2011年11月12日)



バングラデシュの全ての法律、規則、公文書、教科書、出版物などから「先住民族」という言葉を消去し、憲法第15修正条項に基づき「民族少数者」という用語に置き換えることが7月21日に開催された省庁間会議で決定された。同会議には首相官邸、内閣府、外務省、文化省、土地省、司法省、情報省、内務省、チッタゴン丘陵省、軍参謀本部、諜報機関の代表者が出席した。議事録によれば同案を近々、閣議決定するという。さらに同会議で、チッタゴン丘陵省、経済局(ERD)、NGO局に対して、「先住民族の開発」名義で海外援助により行われるプロジェクトを認可せず、「民族少数者の開発」と名義変更した時のみ認可するよう指示された。外務省の代表者は、「バングラデシュの住民は全て先住民であり、チッタゴン丘陵に住む部族民/民族少数者は17世紀に移住してきた移民だ。英国人はアメリカやオーストラリアのようにはインド亜大陸に移住しなかったので、特定の集団を先住民族とする余地はない。CHT和平協定も先住民族という言葉を使っていない。憲法に従い「民族少数者」と呼ぶべきだ」と説明した。

 

さらに8月4日に外務省は、チッタゴン丘陵で「先住民族の開発」という名目で外国の援助によって行われているプロジェクトがあるかどうか報告するよう経済局に命じたが、同局は、そのようなプロジェクトがないと去る日曜日に報告した。

 

国連先住民族問題常設フォーラムの報告書でチッタゴン丘陵の住民が先住民族として認められたことに政府は厳しく反発している。彼らが先住民族として認定されれば、様々な国際法で保護を与えられ、国益に反することになるとディプ・モニ外務大臣が各国大使に説明した。閣議決定が官報で告知された後は、いかなる人物も組織も出版物で先住民族という言葉を使うことができなくなり、「民族少数者」という表現を使うことを義務付けられるだろう。

(2011/8/25 日刊ショカレル・コボル紙より、トム・エスキルセン訳)

 

 

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